ウィトルウィウス『建築十書』
概要
古代から残った唯一の建築書。神殿の柱の様式、都市の計画、水道、時計、投石機。15世紀にザンクト・ガレンで写本が読み直され、ルネサンスの建築家がこれを手本にした。
場所
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
関わった人(1)
ウィトルウィウスBC80年頃–BC15年頃 · 著者本文
ローマの人々は、水道、道路、浴場、劇場、神殿と、地中海の各地に巨大な建造物を残した。だが、それをどうやって設計し、建てたのかを書き記した本は、ほとんど残っていない。ギリシアやローマには建築について書かれた本がいくつもあったことが知られているが、伝わったのは一冊だけである。それが、ウィトルウィウスの『建築十書』である。
ウィトルウィウスの生涯について分かっていることは少なく、そのほとんどは本人がこの本の中で書いていることである。紀元前1世紀の前半に生まれ、若いころはガイウス・ユリウス・カエサルの軍で、石や矢を飛ばす投射機や攻城の機械を作り、修理する技術者として働いた。カエサルの死後は、その養子で後継者のオクタウィアヌス、のちのアウグストゥスに仕え、オクタウィアヌスの姉オクタウィアの取り次ぎで年金を受けていたという。建築家として自分で手がけた建物として挙げているのは、アドリア海に面した町ファヌムの公会堂ただ一つで、これは残っていない。

本が書かれたのは紀元前30年から前20年ごろとされ、皇帝となったアウグストゥスに献じられている。内乱を終わらせた皇帝のもとでローマが大規模な建設の時代に入ろうとしていたときに、老いた技術者が、自分の知識をまとめて差し出したのである。全10巻からなり、扱う範囲は、いまの建築の本よりずっと広い。第1巻は建築家に必要な教養と、都市を築く土地の選び方や風向き、第2巻は煉瓦や石灰や火山灰などの材料、第3巻と第4巻は神殿と柱の様式、第5巻は広場や劇場や浴場や港などの公共の建物、第6巻は住宅、第7巻は壁の漆喰や床や顔料、第8巻は水の探し方と水道、第9巻は天文と日時計と水時計、第10巻は水車や揚水の機械、攻城の兵器を扱う。ローマの建築家は、土木の技術者であり、機械の技師でもあった。
ウィトルウィウスは、建物は強さと用と美を備えなければならない、と書いた。丈夫で長持ちすること、使いやすいこと、そして形が美しいことである。この三つは、二千年後のいまも建築を論じるときの出発点として引かれる。彼はまた、美しい建物は、人の体のように各部分が全体と調和した比例を持たなければならないと考えた。第3巻には、手足を広げて仰向けに寝た人の体は、へそを中心にした円に収まり、身長と両腕を広げた幅は等しいので正方形にも収まる、という一節がある。

柱の様式についての記述もよく知られている。ギリシアの神殿の柱には、太く簡素なドリス式、渦巻の飾りを持つイオニア式、葉の飾りを持つコリント式がある。ウィトルウィウスは、ドリス式は男の体の比例に、イオニア式は成熟した女性の体の比例に、コリント式は乙女のほっそりした姿にならったものだと説明した。コリント式の柱頭の起こりについては、亡くなった少女の墓の上に置かれた籠の下からアカンサスの葉が伸びて籠を包み込んだのを、彫刻家カリマコスが見て思いついた、という話を伝えている。風呂の湯があふれるのを見たアルキメデスが「エウレカ」と叫んで通りに飛び出した、という有名な話も、この本の第9巻に出てくるのが最も古い記録である。
ローマ帝国が衰えたあとも、この本は修道院で書き写されて伝わった。現存する最も古い写本は9世紀の初めのものである。ただ、中世の人々には、本に書かれたギリシア風の用語や比例の話は分かりにくく、広く読まれたとは言いがたい。1414年ごろ、教皇庁の書記で古典の写本探しに熱心だったポッジョ・ブラッチョリーニが、スイスのザンクト・ガレン修道院で写本を見いだし、これをきっかけにイタリアの人文主義者たちの注目が集まったとされる。ただし、写本はそれ以前からイタリアにもあったことが分かっており、ポッジョの「発見」がどれほどの意味を持ったかには異論もある。
15世紀のイタリアでは、古代ローマの建築を手本に新しい建築を作ろうとする動きが起きていた(イタリア・ルネサンスの盛期)。レオン・バッティスタ・アルベルティは、ウィトルウィウスを読み込み、批判もしながら、自分の『建築論』を書いた。1486年ごろには初めて印刷され、16世紀には図入りの版や、ラテン語の読めない人のためのイタリア語の訳が出た。レオナルド・ダ・ヴィンチが1490年ごろに描いた、円と正方形の中に手足を広げた男の素描は、「ウィトルウィウス的人体図」と呼ばれ、この本の第3巻の一節を絵にしたものである。のちにパッラーディオなどの建築家たちも、この本から柱の比例や建物の作り方を学んだ。

ローマの建物の多くは崩れ、石は持ち去られて、ほかの建物の材料になった。それでも、その作り方の考えは、この一冊によって後の世に伝わった。ルネサンスから19世紀まで、ヨーロッパや、その影響を受けた世界の各地で建てられた古典の様式の建物は、多かれ少なかれ、ウィトルウィウスの読み直しの上に立っている。