ヘシオドス『仕事と日』

概要
英雄ではなく農民の暮らしを詩にした。怠け者の弟に説教する形で、季節ごとの仕事と正義を語る。黄金時代から鉄の時代へ衰えるという見方はここから。
場所
38.35°N 23.05°E · ギリシア・ボイオティア(ヘシオドスの村)
関わった人(1)
ヘシオドスBC700年頃–? · 作者本文
ギリシア中部、ヘリコン山のふもとにアスクラという村があった。ヘシオドスの父は、小アジアのアイオリス地方のキュメで海の商いに行き詰まり、この村に移ってきて土地を拓いた。ヘシオドス自身はこの村を「冬は辛く、夏は苦しく、よいときは一度もない」と書いている。詩人は、その痩せた土地の農民として詩を作った。
父の死後、弟のペルセスとのあいだで遺産の分け方が争いになった。ペルセスは、裁きを下す「王たち」に贈り物をして、多くを持っていったという。兄はこの詩で、彼らを「贈り物を食らう王たち」と呼んでいる。そして財を使い果たした弟が、また兄にたかりに来た。『仕事と日』は、その弟に向かって語りかける形で書かれた、およそ830行の詩になる。

詩は、正義の話から始まる。争いには二つあり、人を戦いに駆り立てる悪い争いと、隣人の豊かさを見て自分も働こうとする良い争いがある、と説く。鷹が鳴き声のよい小夜啼鳥を爪にかけ、「強い者に逆らうのは愚かだ」と言う話を挟み、それでもゼウスは最後には不正を罰すると続ける。ギリシア語で書かれた寓話としては、これが最も古い例とされる。
正義(ディケー)は、詩の中ではゼウスの娘として現れる。人々が賄賂で曲がった裁きをすると、ディケーは泣きながら父のもとへ行き、王たちの不正を訴える。まっすぐな裁きをする町は栄え、戦も飢えも寄りつかず、女たちは父親に似た子を産む。不正の町には、ゼウスが飢えと疫病を送る。神々の争いではなく、人間どうしの裁きの正しさを神の関心事として語ったところに、この詩の新しさがあるとよく言われる。

なぜ人は働かなければならないのかを、詩は神話で説明する。プロメテウスが火を盗んで人間に与えたので、ゼウスは罰として最初の女パンドラを作り、甕を持たせて送った。甕のふたが開くと、病と苦しみが世に散り、希望だけが中に残った。のちに「パンドラの箱」と呼ばれるが、ヘシオドスが書いたのは甕であり、箱になったのは16世紀の誤訳からとされる。女を信用するな、と繰り返すのも、この神話と結びついている。
五つの時代の話も、ここに出てくる。最初の黄金の種族は神々のように憂いなく暮らし、銀の種族は愚かで神々を敬わず、青銅の種族は戦いで互いに滅ぼし合った。その次に、トロイアやテーバイで戦った英雄の種族が来て、最後が今の鉄の種族になる。昼は労苦がやまず、夜も衰えは止まない。英雄の時代が金属の並びの途中に割り込んでいるのは、『イリアス』『オデュッセイア』の成立で語られていた英雄たちを、古い時代の見方に組み込んだためと考えられている。世界は進むのではなく衰えるというこの見方は、のちにローマのオウィディウスが書き直し、西洋に長く残った。

詩の後半は、農民の一年になる。プレイアデス星団が明け方に昇るころ刈り入れを始め、沈むころに耕す。鶴の鳴き声が冬の雨と耕しの時を告げる。犂は二つ作っておけ、一つが壊れても困らないように。荒れた冬には鍛冶屋の炉端で油を売るな。どれも、暦が無い世界で星と鳥を時計にした実用の知恵になる。働くことは恥ではなく、働かないことが恥だ、という一行がよく知られている。
海についても書いている。航海に向くのは夏至のあとの50日だけだ、と。ヘシオドス自身は海に一度しか出たことがなく、それもエウボイア島までの短い渡りで、そこでアンピダマスという人の葬送の競技に出て、歌で鼎を勝ち取ったという。最後に、月の何日目が何に良いか悪いかを並べた部分が付き、題の「日」はそこから来ている。

ヘシオドスがいつの人か、ホメロスより前か後かは古代から議論があり、いまも決まっていない。紀元前700年前後とみる説が多い。英雄ではなく、名もない農民の暮らしと労働を詩の主題にしたのは、残っている作品ではこの詩が最初になる。ローマのウェルギリウスは『農耕詩』でこれを手本にし、自分はアスクラの歌をローマに持ち込むのだと書いた。同じ作者のもう一つの詩がヘシオドス『神統記』で、こちらは神々の系譜を語っている。