ヘシオドス『神統記』

概要
混沌から始まり、大地と天が生まれ、三代の神々が争って、ゼウスが頂点に立つまでを整理した。ギリシアの神話に系譜という形を与えた。
場所
38.35°N 23.05°E · ギリシア・ボイオティア(ヘシオドスの村)
関わった人(1)
ヘシオドスBC700年頃–? · 作者本文
詩は、作者が神々に出会う場面から始まる。ある日、ヘリコン山のふもとで羊を飼っていたヘシオドスのもとに、ゼウスの娘である詩の女神ムーサたちが現れた。女神たちは言う。私たちは本当らしい嘘を数多く語ることができる。けれど望むときには、真実を歌うこともできる。そして月桂樹の枝を杖として与え、神々の生まれを歌うよう命じた。こうして語られるのが、およそ1000行の詩『神統記』、神々の系譜の物語である。
いちばん初めに生じたのはカオスだった。いまの「混沌」とは少し違い、もとは大きく口を開けた空隙を意味する言葉だ。次に、すべてのものの揺るぎない座である大地ガイア、地の底の暗いタルタロス、そして神々と人の心をとろかす愛エロスが生まれた。カオスからは闇エレボスと夜ニュクスが生まれ、夜から昼と天上の輝きが生まれる。ガイアは自分ひとりで、星をちりばめた天ウラノスと、山々と、海を生んだ。

ガイアは天ウラノスと交わり、12柱のティタンの神々を生んだ。さらに一つ目の巨人キュクロプスたち、百の腕と五十の頭を持つ三人の巨人も生まれた。ウラノスは子どもたちを憎み、生まれるそばから大地の奥へ押し戻して光を見せなかった。苦しんだガイアは鋼の大鎌を作り、子らに父への復讐を持ちかける。応じたのは末っ子のクロノスだけだった。夜、ウラノスがガイアを覆いにやってきたとき、クロノスは待ち伏せて父の男根を刈り取り、背後に投げ捨てた。大地にしたたった血からは復讐の女神たちと巨人たちが生まれ、海に落ちたものの周りに湧いた泡からは、愛と美の女神アフロディテが生まれた。
天の王となったクロノスは、姉のレアを妻にした。だが自分もまた子に倒されると告げられ、生まれる子を次々に呑み込んだ。ヘスティア、デメテル、ヘラ、ハデス、ポセイドン。末の子ゼウスが生まれるとき、レアはクレタ島で子を隠し、産着にくるんだ石をクロノスに渡した。クロノスはそれを呑み込んだ。成長したゼウスは父に呑み込んだ子らを吐き出させ、兄姉とともにオリュンポスの山に拠って、クロノスとティタンたちに戦いを挑んだ。

戦いは10年続いた。決着をつけたのは、ゼウスが大地の奥から解き放った巨人たちだった。キュクロプスはゼウスに雷を与え、百腕の巨人たちは一度に300の岩を投げつけた。大地も海も天も煮えたぎる中でティタンたちは打ち倒され、タルタロスの底に閉じこめられた。最後に、ガイアが生んだ怪物テュポンがゼウスに挑んだが、これも雷に焼かれて倒された。
祖父ウラノスは父クロノスに、クロノスはゼウスに倒された。三代続けて、子が父を倒した。ではなぜ、ゼウスの支配は続くのか。詩はその答えを用意している。ゼウスの最初の妻は知恵の女神メティスだった。メティスがゼウスを倒す息子を産むと告げられたとき、ゼウスは身ごもった妻を呑み込んで、自分の腹の中に収めた。やがてゼウスの頭から、武装した娘アテナが生まれる。知恵を自分の内に取り込んだ王の支配は、もう子に覆されることがない。ゼウスはさらに、掟の女神テミスや記憶の女神ムネモシュネらと交わって秩序と季節、運命、詩の女神たちを生み、世界に役割を割り振っていった。
『神統記』には、人間についての話もはさまれている。ティタンの一人イアペトスの子プロメテウスは、いけにえの牛を神々と人間で分けるとき、骨を脂で包んで見栄えよくし、肉と内臓を皮で隠して、ゼウスに選ばせた。ゼウスは骨の方を選んだ。それ以来、人は肉を食べ、神々には骨を焼いて捧げるようになった。怒ったゼウスは人間から火を取り上げ、プロメテウスがそれを盗み返すと、罰として最初の女を作って人間のもとに送った。この話は、同じ作者のヘシオドス『仕事と日』ではパンドラの物語として、別の角度から語り直されている。

ギリシアの神話は、もともと土地ごと、神殿ごとにばらばらに伝えられていた。それを一つの家系図にまとめ、誰が誰の子で、なぜゼウスが神々の王なのかを筋道立てて語ったのが、この詩だった。歴史家ヘロドトスは、神々の生まれと名前と役割をギリシア人に教えたのはヘシオドスとホメロスだ、と書いている。
20世紀になって、この詩の古さを考え直させる発見があった。アナトリアのヒッタイト(ヒッタイト)の都から見つかった粘土板に、天の神が息子に倒され、その息子も嵐の神に倒されるという、よく似た神々の代替わりの物語が書かれていたのである。メソポタミアにも、古い神々と若い神々が戦い、勝った神が王となる神話がある。ヘシオドスの神々の物語は、ギリシアの中だけで生まれたものではなく、東方の神話の流れを受け継いでいたらしい。

後の時代のギリシア人の中には、この物語に眉をひそめる者もいた。哲学者プラトンは、父を去勢し子を呑み込む神々の話は若者に聞かせるべきではない、と書いている。それでも、カオスから始まりゼウスの秩序で終わる『神統記』の筋書きは、ギリシア神話の骨組みとして、今日の神話の本にまで受け継がれている(『イリアス』『オデュッセイア』の成立)。