概要
使徒ペテロの墓の上に建つとされたローマの古い聖堂は、千年以上たって傷んでいた。1506年、教皇ユリウス2世は、これを壊して、世界で最も大きな聖堂を建てることにした。ブラマンテ、ラファエロ、ミケランジェロと、設計者は次々に代わり、完成まで百二十年かかる。巨額の費用の一部は、罪の償いを金で軽くする免罪符の売り上げでまかなわれた。その売り方に怒ったドイツの修道士の抗議から、宗教改革が始まる。
場所
ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
本文
傷んだ古い聖堂。
使徒ペテロの墓の上に建つとされたローマの古い聖堂。
(1)千年以上たって、傷んでいた。
(2)そして、1506年、教皇ユリウス2世は、これを壊して建て替えることにした。
(3)さらに、世界で最も大きな聖堂を目指した。
百二十年。
設計者は次々に代わった。
(1)ブラマンテ、ラファエロ、ミケランジェロ。
(2)そして、完成まで百二十年かかった。
免罪符。
巨額の費用。
(1)その一部は、罪の償いを金で軽くする免罪符の売り上げでまかなわれた。
(2)そして、その売り方に怒ったドイツの修道士の抗議から、宗教改革が始まる。
残ること。
教会の最も壮大な建物が、教会を二つに割るきっかけになった。
95か条の論題は、この工事の資金集めに向けられていた。