概要
スリランカでは、多数派のシンハラ人の政府が、シンハラ語だけを公用語にし、少数派のタミル人を大学や職から締め出す政策をとった。タミル人の武装組織は、北と東に自分たちの国を作ろうとする。1983年7月、兵士が殺された報復に、コロンボなどでタミル人への暴動が起き、多くの人が殺された。内戦は二十六年続き、自爆攻撃も多く使われた。2009年、政府軍が組織を壊滅させて終わったが、最後の戦いで多くの市民も死んだ。
場所
コロンボ
6.93°N 79.86°E · スリランカ
6.93°N 79.86°E · スリランカ
本文
一つの言葉だけ。
スリランカでは、多数派のシンハラ人の政府。
(1)シンハラ語だけを、公用語にした。
(2)そして、少数派のタミル人を、大学や職から締め出した。
(3)さらに、タミル人の武装組織は、北と東に自分たちの国を作ろうとした。
1983年7月。
兵士が殺された報復に。
(1)コロンボなどで、タミル人への暴動が起きた。
(2)そして、多くの人が殺された。
二十六年。
内戦は二十六年続いた。
(1)自爆攻撃も多く使われた。
(2)そして、2009年、政府軍が組織を壊滅させて終わった。
(3)さらに、最後の戦いで、多くの市民も死んだ。
残ること。
言葉の政策が、内戦の始まりになった。
インド・パキスタン分離のあとの南アジアで、多数派と少数派の争いが、別の島でも起きた。