概要
ソ連の解体のあと、ジョージアの中の南オセチアとアブハジアは、ロシアの後ろ盾で事実上の独立を保っていた。ジョージアは西側への接近を強め、NATOへの加盟を望む。2008年8月8日、北京オリンピックの開会の日、ジョージア軍が南オセチアの中心の町を攻撃すると、ロシア軍が大挙して反撃した。五日間の戦争でジョージアは敗れ、ロシアは二つの地域の独立を承認する。旧ソ連の国が西へ近づくことを、ロシアが力で止めた最初の例になった。
場所
ツヒンヴァリ
42.23°N 43.97°E · ジョージア(南オセチア)
42.23°N 43.97°E · ジョージア(南オセチア)
本文
二つの地域。
ソ連の解体のあと。
(1)ジョージアの中の南オセチアとアブハジア。
(2)そして、ロシアの後ろ盾で、事実上の独立を保っていた。
(3)さらに、ジョージアは西側への接近を強め、NATOの結成の加盟を望んだ。
五日間。
2008年8月8日、北京オリンピックの開会の日。
(1)ジョージア軍が、南オセチアの中心の町を攻撃した。
(2)そして、ロシア軍が大挙して反撃した。
(3)さらに、五日間の戦争でジョージアは敗れた。
残ること。
ロシアは、二つの地域の独立を承認した。
旧ソ連の国が西へ近づくことを、ロシアが力で止めた最初の例になった。六年後にクリミアの編入、十四年後にロシアのウクライナ侵攻。