概要
1988年9月24日、ソウル・オリンピックの陸上の男子100メートルの決勝で、カナダのベン・ジョンソンは、宿敵のカール・ルイスを破り、9秒79の世界記録で優勝した。だが3日後、彼の尿から筋肉を増やす禁止薬物が見つかり、金メダルと記録は取り消された。ジョンソンは国へ逃げ帰るように帰国した。のちの調べで、この決勝を走った8人のうち何人もが、薬物の使用に関わっていたことが明らかになった。世界中が見ていた舞台での発覚は、スポーツとドーピングの問題を広く知らしめ、1999年の世界アンチ・ドーピング機構の設立へとつながった。
場所
37.57°N 126.98°E · 韓国
本文
競技の成績を上げるために薬を使うことは、古代から行われていたといわれる。20世紀の半ば、筋肉を増やす合成のホルモン、アナボリック・ステロイドが作られると、重量挙げや陸上の投てき、短距離などで、薬物の使用が広がった。冷戦の時代、東ドイツは国ぐるみで選手に薬物を与え、多くのメダルを獲った。国際オリンピック委員会は、1968年から薬物の検査を始めたが、検査をくぐり抜ける方法も次々に工夫された。
ベン・ジョンソンは、1961年、ジャマイカに生まれ、少年のときにカナダに移り住んだ。1987年のローマの世界選手権の100メートルで、9秒83の世界記録を出して優勝し、アメリカのカール・ルイスの最大のライバルになった。二人の対決は、1988年のソウル・オリンピックの最大の呼び物だった。
1988年9月24日の昼すぎ、100メートルの決勝で、ジョンソンはスタートから飛び出し、右手の人差し指を高く掲げながら、9秒79の世界記録でゴールした。ルイスは9秒92で2位だった。カナダじゅうが歓喜に沸いた。だが3日後の深夜、国際オリンピック委員会は、ジョンソンの尿から禁止された筋肉増強剤スタノゾロールが見つかったと発表した。金メダルは取り上げられ、ルイスが繰り上げで金メダリストになった。ジョンソンは、朝のうちにソウルの空港から逃げるように帰国した。
カナダの政府はすぐに調査の委員会を作った。ジョンソンは、委員会の公開の聴聞で、何年も前からコーチと医師の指示でステロイドを使っていたと認めた。のちには、この決勝を走った8人のうち、ルイスを含む何人もが、それ以前やそれ以後に禁止薬物の陽性の結果を出していたり、薬物に関わっていたりしたことが明らかになり、この決勝は「史上最も汚れたレース」とも呼ばれるようになった。ジョンソンは、1993年に再び陽性となり、永久に競技を禁じられた。
ソウルの事件は、ドーピングがひと握りの不心得者の問題ではなく、スポーツの世界に深く根を張っていることを、世界に知らしめた。1999年、各国の政府と国際オリンピック委員会は、世界アンチ・ドーピング機構を作り、国や競技を超えた共通の規則と検査の仕組みを整えた。それでも、2014年のソチ冬季オリンピックでのロシアの国家ぐるみの薬物の使用の発覚など、ドーピングとの戦いはいまも続いている。