概要
1971年6月13日、『ニューヨーク・タイムズ』は、国防総省がまとめたベトナム戦争の秘密の報告書の中身を載せはじめた。歴代の政権が、勝てる見込みが乏しいと知りながら戦争を広げ、国民に偽ってきたことが記されていた。報告書を持ち出したのは、作成にかかわった分析官ダニエル・エルズバーグである。ニクソン政権は掲載の差し止めを求めて裁判を起こしたが、最高裁判所は、政府が事前に報道を止めることは許されないとして、新聞の側を勝たせた。
場所
38.91°N -77.04°E · アメリカ合衆国
本文
1967年、国防長官ロバート・マクナマラは、ベトナムへのアメリカの関わりを、第二次世界大戦の後から歴史として調べるよう命じた。三十数人の分析官が、国防総省と国務省の秘密の文書を集めて、7千ページの報告書にまとめた。そこには、トルーマンからジョンソンまでの歴代の政権が、戦争が勝てる見込みの乏しいものだと内々では分かっていながら、それを国民に隠し、議会に偽って、戦争を広げてきたことが記されていた。
報告書の作成に加わったダニエル・エルズバーグは、もとは戦争を支持する軍事の分析家だった。ベトナムで戦場を見て考えを変え、報告書を夜ごとに少しずつ持ち出して、コピーを取った。議員たちに渡そうとして断られ、『ニューヨーク・タイムズ』の記者に託した。
1971年6月13日、タイムズは報告書の中身を連載しはじめた。ニクソン政権は、国の安全を損なうとして、掲載を止める命令を裁判所に求め、一時は差し止めが認められた。すると『ワシントン・ポスト』をはじめ全国の新聞が次々に報告書を載せた。6月30日、最高裁判所は、政府が事前に報道を差し止めることは、よほどの理由がなければ許されないとして、新聞の側の勝ちとした。
エルズバーグは、スパイの罪などで起訴された。しかし、政権がエルズバーグの信用を落とそうと、彼の精神科医の診療所に工作員を忍び込ませていたことが明らかになり、裁判は打ち切られた。この工作員たちは、翌年、ウォーターゲートのビルに忍び込んで捕まる(ウォーターゲート事件)。政府の秘密を内部の人が明かし、新聞がそれを載せるという形は、その後の内部告発の報道の手本になった。