概要
パリでドイツの外交官がユダヤ人の青年に撃たれた事件を口実に、1938年11月9日の夜から翌日にかけ、ドイツ各地でユダヤ人の商店や住宅や礼拝堂が襲われた。千を超える礼拝堂が焼かれ、割られたガラスが通りに散らばったことから、水晶の夜と呼ばれる。百人近くが殺され、三万人ほどの男性が強制収容所に送られた。しかもユダヤ人の側に、被害の賠償金が科された。警察も消防も、ユダヤ人の建物を守らなかった。迫害が、法から暴力へ移った夜だった。
場所
ベルリン
52.52°N 13.40°E · ドイツ
52.52°N 13.40°E · ドイツ
本文
口実。
パリで、ドイツの外交官がユダヤ人の青年に撃たれた。
(1)それを口実に、1938年11月9日の夜から翌日にかけて。
(2)そして、ドイツ各地で、ユダヤ人の商店や住宅や礼拝堂が襲われた。
割れたガラス。
千を超える礼拝堂が焼かれた。
(1)割られたガラスが通りに散らばった。
(2)そして、「水晶の夜」と呼ばれる。
(3)さらに、百人近くが殺され、三万人ほどの男性が強制収容所に送られた。
被害者への罰金。
しかも、ユダヤ人の側に、被害の賠償金が科された。
警察も消防も、ユダヤ人の建物を守らなかった。
残ること。
迫害が、法から暴力へ移った夜だった。
ホロコーストへの道の、はっきりした曲がり角の一つである。