概要
1869年、明治の政府は蝦夷地を北海道と改め、開拓使という役所を置いて本格的な開発を始めた。ロシアの南下に備えることも大きな理由だった。アメリカから農業の顧問を招き、札幌に碁盤の目の町を造り、農学校を開く。本州から多くの人が移り住んだ。そのなかで、そこに暮らしてきたアイヌの人びとの土地は、持ち主のいない土地として取り上げられ、狩りや漁の暮らしも禁じられていった。開拓は、先住の人びとから見れば奪うことだった。
場所
札幌
43.06°N 141.35°E · 日本・北海道
43.06°N 141.35°E · 日本・北海道
本文
蝦夷地から北海道へ。
1869年、明治の政府は、蝦夷地を北海道と改めた。
(1)開拓使という役所を置いた。
(2)そして、本格的な開発を始めた。
(3)さらに、ロシアの南下に備えることも、大きな理由だった。
碁盤の目の町。
アメリカから農業の顧問を招いた。
(1)札幌に、碁盤の目の町を造った。
(2)そして、農学校を開いた。
(3)さらに、本州から多くの人が移り住んだ。
残ること。
そこに暮らしてきたアイヌの人びとの土地は、持ち主のいない土地として取り上げられた。
開拓は、先住の人びとから見れば奪うことだった。シャクシャインの戦いから二百年、支配は国家の事業になった。〈——北海道旧土人保護法。〉