概要
関ヶ原の戦いのあと、徳川家康の娘婿の池田輝政が播磨に入り、城を大きく造り替えた。1609年に完成した五重の大天守は、白い漆喰で塗り込められ、白鷺が羽を広げたようだと呼ばれる。西の大名を見張る城でもあった。一度も戦に使われず、明治の廃城のときには、わずかな値で売りに出されたとも伝わる。戦時の空襲では、焼夷弾が天守に落ちたが燃えなかった。1993年、日本で最初に世界遺産に登録された。
場所
姫路
34.84°N 134.69°E · 日本・兵庫県
34.84°N 134.69°E · 日本・兵庫県
本文
播磨の城。
関ヶ原の戦いのあと。
(1)徳川家康の娘婿の池田輝政が、播磨に入った。
(2)そして、城を大きく造り替えた。
(3)さらに、西の大名を見張る城でもあった。
白鷺。
1609年に完成した五重の大天守。
(1)白い漆喰で塗り込められた。
(2)そして、白鷺が羽を広げたようだと呼ばれる。
残った天守。
一度も戦に使われなかった。
(1)明治の廃城のときには、わずかな値で売りに出されたとも伝わる。
(2)そして、戦時の空襲では、焼夷弾が天守に落ちたが燃えなかった。
残ること。
1993年、日本で最初に世界遺産に登録された。
戦うための城が、戦わなかったからこそ残った。