『西遊記』

概要
玄奘の求法の旅が、900年かけて、講談と芝居の中で変わり、明代に100回の小説になった。孫悟空、猪八戒、沙悟浄、白馬。石から生まれた猿が天宮を暴れ、五行山に500年封じられ、経を取りに行く。妖怪81難。呉承恩の作とされるが、確証はない。仏教と道教と民間信仰と役所の風刺が混ざった、笑いの本。東アジアで最も広く読まれた物語の一つ。
場所
32.06°N 118.80°E · 中国・江蘇省
本文
『西遊記』のもとになったのは、実在の僧の旅である。唐の初め、629年頃、若い僧玄奘は、国外へ出ることを禁じた朝廷の命に背いて長安を発ち、砂漠と天山を越えてインドへ向かった。ナーランダー寺院で学び、各地を巡って、645年に657部の経典を携えて帰ってきた(玄奘の西域行)。帰国後、玄奘は皇帝の求めで旅の見聞を『大唐西域記』にまとめ、弟子たちはその生涯を伝記に書いた。これらは、7世紀の中央アジアとインドを伝える一級の記録であって、妖怪も猿も出てこない。
そこから、話が育っていった。唐の末から宋にかけて、盛り場の語り物の中で、玄奘の旅は奇跡と冒険の物語に変わっていく。南宋の頃に刊行された『大唐三蔵取経詩話』には、すでに猴行者と呼ばれる猿の行者が現れ、白い衣の書生の姿で三蔵を助けて旅をする。のちの沙悟浄のもとになる砂漠の神も顔を出す。元から明の初めにかけての芝居では、孫行者、猪八戒、沙和尚、そして三蔵を乗せる龍の化身の白馬が揃い、物語の骨組みが出来上がった。900年をかけて、一人の僧の旅が、大勢の語り手と役者の手で別の物語に作り替えられたのである。
猿の行者がどこから来たかについては、古くから議論がある。インドの叙事詩『ラーマーヤナ』の成立で活躍する猿の将ハヌマーンが伝わったものだという説と、中国の古い伝説に出てくる水の怪物の猿が祖先だという説があり、魯迅は後者をとった。どちらとも決まっていない。

いま読まれている100回本の『西遊記』が刊行されたのは、明の万暦20年(1592年)、金陵(南京)の書肆世徳堂からである。この本には作者の名が無い。清の時代には、全真教の道士丘処機の作だとする説も広まったが、20世紀に入って、魯迅や胡適が、淮安の文人呉承恩(1500年頃〜1582年頃)を作者と考えた。淮安の地方志に、呉承恩の著作として『西遊記』の名が挙がっているためである。ただ、その『西遊記』が小説を指すのか、同じ名の旅行記なのかは分からず、いまも確証は無い。
物語は三つに分かれる。第1回から第7回は、孫悟空の生い立ちである。東の海の花果山で、天地の気を受けた石から猿が生まれ、猿の王となる。やがて死を恐れて仙人に弟子入りし、七十二の変化の術と、ひと跳びで十万八千里を飛ぶ觔斗雲を授かる。東海の龍宮から如意金箍棒を奪い、冥界の帳簿から自分の名を消す。天界に召されて官職を与えられるが、それが馬の世話係にすぎないと知って怒り、斉天大聖を名乗って天宮で大暴れする。天の軍勢も手を焼いたこの猿は、釈迦の掌から飛び出せず、五行山の下に500年封じ込められた。

第8回から第12回では、観音菩薩が経典を取りに行く者を探し、唐の太宗の冥界めぐりを経て、玄奘が旅立つ。第13回からが旅の本編である。悟空、八戒、悟浄の三人の弟子と白馬が順に加わり、一行は八十一の難を越えてインドの霊山を目指す。金角と銀角、牛魔王の子の紅孩児、鉄扇公主と燃え盛る火焔山、男のいない女人国。三たび姿を変えて三蔵を騙す白骨の妖怪の話では、正体を見破って打ち殺した悟空が、殺生を怒った師にかえって追い出されてしまう。妖怪の多くは、実は天上の神仏の乗り物や従者が逃げ出したもので、最後はその主人に引き取られ、罰を受けずに済む。
読み方はさまざまにできる。まずは痛快な冒険と笑いの物語である。落ち着かない心を猿にたとえる仏教の言い回しにならい、悟空は心、八戒は欲、三蔵は修行する人そのものを表すという寓意として読む人もいる。仏教と道教と民間の信仰が入り混じり、神仏が平気で同じ場面に並ぶ。そして天界は役所そのものに描かれる。玉帝は頼りなく、神々は縁故で動き、上に後ろ盾のいる妖怪は裁かれない。明の官僚社会への皮肉を読み取るのは、そう難しくない。魯迅は『中国小説史略』で、この種の作品を「神魔小説」と名づけ、宗教の教えを説く本というより、滑稽を楽しむ書として評価した。
『西遊記』は、『三国志演義』、『水滸伝』、のちの『紅楼夢』と並んで、中国の古典小説の代表とされる。中国では京劇や地方の芝居の人気の演目になり、20世紀には、上海で作られたアニメーション映画『大鬧天宮』(1961〜64年)や、1986年に放送が始まったテレビドラマが繰り返し見られてきた。日本には江戸時代に伝わり、18世紀半ばから『通俗西遊記』として訳された。近代以降は、子ども向けの読み物、映画、テレビドラマ、漫画と、形を変えて何度も作り直され、漫画の『ドラゴンボール』の主人公の名にもなった。韓国やベトナムでも広く親しまれている。

実在の玄奘は、命がけで一人砂漠を越えた学僧だった。物語の三蔵は、弟子に守られてばかりの、泣き言の多い師匠である。史実の旅と物語の旅は、ほとんど別物と言ってよい。それでも、遠い西の国へ真理を求めに行くという骨組みだけは、千年を越えて変わらなかった。石から生まれた猿は、東アジアで最もよく知られた架空の人物の一人になった。