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Event / できごと

『西遊記』

Journey to the West
AD1592年
重要度 5

概要

玄奘の求法の旅が、900年かけて、講談と芝居の中で変わり、明代に100回の小説になった。孫悟空、猪八戒、沙悟浄、白馬。石から生まれた猿が天宮を暴れ、五行山に500年封じられ、経を取りに行く。妖怪81難。呉承恩の作とされるが、確証はない。仏教と道教と民間信仰と役所の風刺が混ざった、笑いの本。東アジアで最も広く読まれた物語の一つ。

場所

南京
32.06°N 118.80°E · 中国・江蘇省

本文

629年、玄奘が国禁を犯して長安を出て、645年に657部の経を持って帰った。『大唐西域記』(旅の記録)と、弟子の書いた『大慈恩寺三蔵法師伝』(伝記)。事実の記録。

そこから、話が育った。

唐末〜宋の「説話(語り物)」。『大唐三蔵取経詩話』(南宋、13世紀の刊本)に、すでに「猴行者(猿の行者)」が出てくる。白い衣の秀才の姿で現れて、三蔵を助ける。深沙神(沙悟浄の原型)も。

金・元の芝居。『西遊記雑劇』(楊景賢、元末明初)。孫行者、猪八戒、沙和尚、龍馬が揃う。

そして、明の万暦20年(1592年)、金陵(南京)の世徳堂から、100回の『西遊記』が刊行された。作者名は書かれていない。清代から呉承恩(1500年頃〜1582年頃、淮安の文人。県志に「『西遊記』を著した」という記述がある)の作とされてきたが、その「西遊記」が同じ本を指すかは確実でない。

構成。第1〜7回、孫悟空。東勝神洲の花果山の石から生まれ、猿の王になり、死を恐れて仙術を学びに行き、菩提祖師から七十二変と觔斗雲(一飛び10万8000里)を授かる。龍宮から如意金箍棒(1万3500斤)を奪い、地獄の帳簿から猿の名を消し、天界で官を与えられて「弼馬温(馬の世話係)」と知って暴れ、蟠桃園の桃を食べ、太上老君の丹を飲み、「斉天大聖」を名乗って天宮を騒がす。釈迦の掌の上から出られず、五行山に500年、封じられる。

第8〜12回、玄奘。観音が経を取りに行く者を探す。唐太宗の地獄巡り。

第13〜100回、旅。悟空、八戒、悟浄、白馬。81の難。金角銀角、紅孩児、鉄扇公主と火焔山、女人国、車遅国、通天河、盤糸洞、獅駝嶺、そして白骨夫人(三たび姿を変えて三蔵を騙し、悟空が見破って打ち殺し、三蔵は殺生を怒って悟空を追い返す)。多くの妖怪は、実は天上の神仏の乗り物や侍者が地上に降りたもので、最後は主に引き取られる(罰を受けない)。

読み方。子供の冒険譚。仏教の修行の寓意(悟空は心猿——落ち着かない心。八戒は欲。三蔵は意志)。道教と仏教の混淆。そして、官僚機構の風刺(天界は役所そのもので、玉帝は無能で、神々は縁故で動く。妖怪は「上に人がいる」と罰されない)。

魯迅は『中国小説史略』で、これを「神魔小説」と呼び、「作者は儒者でも道士でも僧でもなく、ただ滑稽を好んだ」と書いた。胡適も同じ見方をした。

その後。日本には江戸時代に伝わり、『通俗西遊記』(1758年〜)。中国では京劇と地方劇の演目。20世紀、『大鬧天宮』(上海美術映画製作所、1961〜64年)、『西遊記』(中国のテレビ、1986年。毎年、再放送されている)、そして日本の『ドラゴンボール』と『最遊記』。孫悟空は、東アジアで最も広く知られた架空の人物の一人になった。

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