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Event / できごと

ヘーゲル『精神現象学』

The Phenomenology of Spirit
AD1807年
重要度 3
ロシア帝国大英帝国スペイン帝国ポルトガル帝国オスマン帝国デンマーク=ノルウェー中央アジアの諸ハン国ペルシアスウェーデンオーストリア帝国スペインフランスNejdモロッコプロイセンAlgiersイギリスアイルランド王国シュヴァーベン両シチリア王国Tunisサルデーニャ王国TripolitaniaMecklenburg-StrelitzCyrenaicaザクセンAD1807年イェーナ
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1807年の版図を描いています(26勢力)。

概要

1806年10月、ナポレオンの軍がイェーナの町に迫るなか、大学の講師ヘーゲルは大著の原稿の最後の部分を書き上げていた。馬に乗って町を行くナポレオンを見て、世界精神が馬に乗って行く、と友人への手紙に書いたと伝えられる。翌年出版された『精神現象学』は、意識が自分を知っていく道のりを、対立とその乗り越えの繰り返しとして描いた。歴史は理性が自分を実現していく過程だ、という考えは、のちにマルクスがひっくり返して使うことになる。

場所

イェーナ
50.93°N 11.59°E · ドイツ・テューリンゲン州

本文

迫る軍。

1806年10月、ナポレオンの軍がイェーナの町に迫った。

(1)大学の講師ヘーゲルは、大著の原稿の最後の部分を書き上げていた。

(2)そして、馬に乗って町を行くナポレオン・ボナパルトを見た。

(3)さらに、世界精神が馬に乗って行く、と友人への手紙に書いたと伝えられる。

対立と乗り越え。

翌年、『精神現象学』が出版された。

(1)意識が自分を知っていく道のりを描いた。

(2)そして、それを、対立とその乗り越えの繰り返しとして描いた。

残ること。

歴史は、理性が自分を実現していく過程だ。

その考えは、のちにカール・マルクスがひっくり返して使うことになる。

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