キューバ革命

概要
アメリカの目の前に社会主義国家が生まれた。3年後のキューバ危機につながる。
場所
23.11°N -82.37°E · キューバ
関わった人(2)
チェ・ゲバラAD1928年6月14日–AD1967年10月9日 · ゲリラの指揮フィデル・カストロAD1926年8月13日–AD2016年11月25日 · 指導本文
キューバは19世紀の末まで、スペインの植民地だった。1898年の米西戦争でスペインから切り離されると、独立はしたものの、憲法にはアメリカが必要と認めればキューバに介入できるという条項が書き込まれ、グアンタナモには海軍基地が置かれた。砂糖の農園も、鉄道も、電力も、多くがアメリカの資本に握られていた。首都ハバナは、アメリカ人の観光客が集まるカジノと歓楽の町になった。
1952年、元軍人のバティスタがクーデターで政権を奪った。選挙は取りやめられ、政権は腐敗し、反対派は弾圧された。翌1953年7月26日、若い弁護士フィデル・カストロは百数十人の仲間とともに、東部の都市サンティアゴのモンカダ兵営を襲った。襲撃は失敗し、多くの仲間が捕らえられて殺された。裁判でカストロは長い弁論を行い、「歴史は私に無罪を宣告するだろう」と締めくくった。この言葉が、後に運動の旗印になる。運動は襲撃の日にちなんで「7月26日運動」と名乗った。

カストロは恩赦で釈放されるとメキシコに渡り、そこでアルゼンチン出身の若い医師チェ・ゲバラと出会った。1956年11月、82人を乗せたヨット「グランマ号」がメキシコを発ち、12月にキューバ東部の海岸にたどり着いた。上陸地点は予定と違い、待ち構えていた政府軍の攻撃で一行は散り散りになった。シエラ・マエストラの山中に逃れて合流できたのは、十数人から20人ほどだったとされる。
彼らはそこで、ゲリラ戦を始めた。山の農民たちを味方につけ、少しずつ兵を増やしていく。1957年には、アメリカの新聞記者が山中でカストロに会見し、反乱軍が健在であることを世界に伝えた。ゲリラの数は長く数百人にとどまったが、都市の地下組織や学生たちもストライキや破壊活動で政権を揺さぶった。1958年3月、アメリカはバティスタ政権への武器の輸出を止めた。

3年で、政権は倒れた。1958年の暮れ、ゲバラの部隊が中部の都市サンタクララで政府軍の装甲列車を襲い、町を落とした。1959年1月1日の未明、バティスタは国外へ逃亡した。カストロが各地で歓迎を受けながらハバナに入ったのは1月8日である。バティスタ政権の腐敗と弾圧が支持を失っていたこと、そして山のゲリラだけでなく、都市の中間層や学生の支持を得たことが大きかった。
当初、カストロは社会主義を掲げていない。最初の内閣には穏健な人々も加わり、カストロはアメリカを訪れて、自分は共産主義者ではないと語った。旧政権の関係者を革命裁判で次々に処刑したことは、アメリカの世論の反発を招いた。

1959年5月、農地改革法で大きな農園の土地が接収され、その中にはアメリカ企業の土地も多く含まれていた。1960年、キューバがソ連から原油を買うと、アメリカ系の製油所は精製を拒み、キューバはそれを接収した。アメリカは報復としてキューバ産の砂糖の輸入枠を削り、ソ連がその砂糖を買い取った。キューバはさらにアメリカ系の企業を次々に国有化し、アメリカは輸出を禁じ、1961年1月には国交を断った。その応酬の中で、キューバはソ連の側に寄っていった。
1961年4月、アメリカの中央情報局が訓練した亡命キューバ人の部隊が、南岸のピッグス湾に上陸した(ピッグス湾事件)。上陸作戦は3日で失敗に終わる。その直前の4月16日、カストロは革命が社会主義の性格を持つと初めて宣言した。

アメリカの目と鼻の先、フロリダの南端からおよそ150キロに、社会主義の国ができた。翌1962年、ソ連がキューバに核ミサイルを持ち込もうとしたことが分かり、米ソは核戦争の瀬戸際に立った(キューバ危機)。
革命政権は、識字運動で農村の読み書きを広め、教育と医療を無料にした。一方で、言論の自由は奪われ、政権に反対する人々や財産を失った中間層は、大挙してアメリカへ渡った。フロリダのマイアミには、大きな亡命キューバ人の社会ができる。ゲバラは1965年にキューバを去り、1967年、ボリビアでゲリラ戦のさなかに捕らえられて殺された。

1991年にソ連が解体すると、キューバは砂糖の買い手と石油の供給元を一度に失った。国の経済は3割以上縮み、人々は食料にも燃料にも事欠いた。政府はこれを「平和時の特別な時期」と呼び、観光を開き、外貨の使用を認めるなど、少しずつ経済の仕組みを緩めて生き延びた。
カストロは半世紀近く国を率い、2008年に弟のラウルに地位を譲って、2016年に死んだ。2015年には、アメリカとキューバの国交が54年ぶりに回復したが、経済封鎖は今も解かれていない。