概要
幕府軍が長州に敗れた。将軍の命令で諸藩が動かないことが、誰の目にも明らかになる。
場所
下関
33.96°N 130.94°E · 日本・山口県
33.96°N 130.94°E · 日本・山口県
関わった人(1)
高杉晋作1839年–1867年 · 長州側本文
幕府は長州を再び討とうとしたが、 薩摩が出兵を拒んだ。 薩長同盟の最初の効果がここに出る。
戦闘は四つの方面で行われ、幕府軍は各所で敗れた。 長州側は西洋式の銃と、 身分を問わない部隊(奇兵隊など)で戦っている。 数では劣っていた。
途中で将軍家茂が大坂城で病死し、 これを機に休戦した。
決定的だったのは、勝敗そのものより 「将軍が命じても諸藩が動かない」ことが露わになったことになる。 幕府の命令が命令として通らない。 翌年の大政奉還は、この認識の上にある。