カンビュセスのエジプト征服
概要
キュロスの息子がペルシウムでファラオを破り、エジプトを取った。ヘロドトスは彼が聖牛アピスを刺し、王の墓を暴き、狂ったと書く。エジプトの碑文は彼をファラオの名で刻む。砂漠で5万の軍が消えたという話は、いまも探されている。
場所
31.04°N 32.54°E · エジプト・シナイ半島
関わった人(1)
カンビュセス2世?–BC522年 · 王本文
紀元前6世紀の半ば、キュロス2世はメディアとリュディアと新バビロニアを次々に倒し、西アジアのほとんどを一つの帝国にまとめた。残った大国はエジプトだけだった。エジプトでは、プサメティコス1世のエジプト再統一で始まった第26王朝が、ギリシア人の傭兵と商人を受け入れながら豊かさを取り戻していた。王アマシスは、ペルシアに対抗するため、ギリシアの諸都市やリュディアと手を結んでいた。キュロスは紀元前530年に中央アジアの戦いで死に、エジプト遠征は息子のカンビュセス2世に引き継がれる。
遠征の準備は周到だった。エジプトへ攻め込むには、シナイ半島の砂漠を越えなければならない。ヘロドトス『歴史』によれば、カンビュセスはアラブの王と盟約を結び、砂漠の道に水を運ばせた。さらに、アマシスに仕えていたギリシア人の傭兵隊長ファネスが寝返ってペルシア側に付き、エジプトの守りや砂漠の越え方を教えたという。フェニキアの諸都市とキプロスはペルシアに従い、その艦隊がペルシア軍を海から支えた。

紀元前525年、ペルシア軍がナイルの三角州の東の入口、ペルシウムに迫った。そのとき、エジプト王アマシスはすでに死んでおり、王位を継いだばかりの息子プサメティコス3世が軍を率いた。戦いはペルシアの勝利に終わり、エジプト軍は崩れてメンフィスへ逃げ込んだ。ヘロドトスは、自分が戦場跡を訪ねたとき、骨が両軍に分けて積まれていて、ペルシア人の頭蓋骨は小石を当てただけで穴が開くほど薄く、エジプト人の頭蓋骨は石で叩いても割れないほど硬かった、と書いている。後の時代には、ペルシア軍が猫を盾の前に掲げたためエジプト兵が聖なる動物を傷つけられず矢を射られなかった、という話も作られたが、これは数百年後の書き手の逸話である。
カンビュセスはメンフィスを囲んで落とし、プサメティコス3世を捕らえた。ヘロドトスは、カンビュセスが捕らえた王の娘を奴隷の服で水汲みに出させ、息子を処刑の列に加えて王の心を試した、という場面を描く。王はその後しばらく生かされたが、反乱を企てたとして死を命じられたという。リビアのギリシア人の町キュレネなども、自分から貢ぎ物を送って従った。こうしてエジプトはペルシア帝国の一つの州になった。

ヘロドトスの描くカンビュセスは、ここから狂気に落ちていく。南のエチオピアへ軍を出して食糧が尽き、兵が仲間を食べるほどの惨状で引き返した。西の砂漠のアンモンの神殿へ送った5万の軍は、オアシスへ向かう途中で砂嵐に呑まれ、一人も戻らなかった。メンフィスに戻ると、新しい聖牛アピスの誕生を祝うエジプト人を見て、自分の失敗を嘲っていると思い込み、アピスの腿を短剣で刺した、という。消えた5万の軍の話は今も人を引きつけ、砂漠でその跡を見つけたという報告がときどき出るが、確かな証拠として認められたものは無い。
ところが、エジプトに残った同時代の記録は、ずいぶん違う王の姿を伝える。メンフィスの聖牛の墓地からは、カンビュセスの治世に死んだアピスが、正式な儀式で葬られたことを示す碑文と石棺が見つかっている。石棺には、カンビュセスが王として奉納したことが刻まれている。サイスの神殿に仕えたエジプトの貴族ウジャホレスネトの像の碑文には、彼がカンビュセスに仕え、王にファラオとしての名を考え、サイスの神殿を清めて祭りを元に戻すよう願い、王がそれを聞き入れたと書かれている。カンビュセスは、エジプトの伝統に従ってファラオとして振る舞おうとした外国の王だったように見える。

ヘロドトスがエジプトを訪ねたのは、征服から70年ほど後のことである。彼が話を聞いたエジプトの神官たちは、ペルシアの支配を快く思っておらず、カンビュセスが神殿への寄進を減らしたことへの恨みもあったと考えられている。カンビュセスの悪評のどこまでが事実で、どこからが征服された側の記憶なのかは、今も議論が続いている。
カンビュセスはエジプトから戻る途中、紀元前522年にシリアで死んだ。本国では弟バルディヤを名乗る者が王位に就いていた。ダレイオス1世は、のちに刻ませた碑文で、カンビュセスは弟を密かに殺しており、王位に就いたのは弟になりすました偽者だった、と主張している。ダレイオスはこの「偽者」を倒して王となり、エジプトをはじめ各地の反乱を鎮めた。エジプトはその後、反乱と再征服を繰り返しながら、約120年にわたってペルシアに治められる。このペルシア人の王たちを、エジプトの歴史では第27王朝と数えている。