概要
それまでの潜水艦は、ディーゼル機関を動かすために空気が要り、たびたび浮上しなければならなかった。アメリカ海軍の技術士官リッコーヴァーは、原子炉で動く潜水艦を造ることに執念を燃やし、1955年1月17日、コネティカット州グロトンで、ノーチラス号は「原子力で航行中」と信号を送った。空気も燃料の補給も要らず、何週間も潜ったまま進める。1958年には北極の氷の下をくぐって、潜ったまま北極点を通過した。原子力潜水艦は、やがて核ミサイルを積んで深い海に隠れる、冷戦の抑止の主役になった。
場所
41.35°N -72.08°E · アメリカ・コネティカット州
本文
第二次世界大戦の潜水艦は、実のところ、ほとんどの時間を海面で過ごしていた。ディーゼル機関で走り、潜るときは蓄電池の電気で動くが、電池はすぐに尽き、空気も足りなくなる。そのたびに浮上しなければならず、浮上したところを飛行機やレーダーに見つかった。
原子炉なら、空気を使わずに熱を生み出せる。大戦の後、アメリカ海軍の技術士官ハイマン・リッコーヴァーは、原子力で動く潜水艦の開発を率いた。原子炉を潜水艦の狭い船体に収め、揺れや傾きに耐えさせるのは、誰も試したことのない難題だった。リッコーヴァーは、技術と品質に異様なほど厳しく、海軍の上層部とたびたび衝突したが、開発を押し通した。
1952年、コネティカット州グロトンの造船所で、トルーマン大統領が起工の式典を行った。1954年1月に進水し、翌1955年1月17日、ノーチラス号は初めて港を出て、「原子力で航行中」と信号を送った。艦の名は、ジュール・ヴェルヌの小説『海底二万里』のネモ船長の潜水艦からとられている。
ノーチラス号は、それまでの潜水艦の記録を次々に塗り替えた。潜ったまま何千キロも進み、燃料の補給なしに何万キロも走った。1958年8月3日、ノーチラス号は、アラスカの北から北極の氷の下に潜り込み、潜ったまま北極点の下を通り抜けて、グリーンランドの側に出た。前年にソ連が人工衛星を打ち上げて沈んでいたアメリカの人々を、このニュースは勇気づけた。
原子力潜水艦は、冷戦の海の主役になった。1960年には、核ミサイルを積んだ潜水艦が初めて任務についた。深い海にひそみ、見つからずにいる潜水艦は、たとえ国が先制攻撃を受けても報復できる力として、核の抑止の柱になった。ソ連も同じ道を追い、原子炉の事故で多くの乗組員が被曝したり、艦が沈んだりもした。ノーチラス号は1980年に退役し、いまはグロトンで博物館として公開されている。