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Event / できごと

ダストボウル

The Dust Bowl
AD1935年
重要度 5
カナダアメリカ合衆国デンマークメキシココロンビアベネズエラDominion of NewfoundlandニカラグアホンジュラスキューバグアテマラAD1935年南部大平原
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1935年の版図を描いています(11勢力)

概要

南部大平原は、もともと丈の深い草の草原である。根が土を掴んでいる。第一次大戦の小麦の高値と、トラクターの普及で、その草地が一斉に耕された。1930年代、旱魃が来た。裸の土が、風に飛んだ。1935年4月14日の黒い日曜日、高さ数百メートルの砂の壁が来て、昼が夜になった。塵はシカゴを越えてワシントンまで届いた。数十万人が土地を捨てた。以後、土壌保全局が作られ、等高線耕作と防風林が推奨された。土は、資源であり、失えば戻らない。

場所

南部大平原
36.70°N -101.50°E · アメリカ・オクラホマ州パンハンドル

本文

**土地**。

**南部大平原**(Southern Plains)。

テキサス、オクラホマ、カンザス、コロラド、ニューメキシコの境界の一帯。

**もともと、短草の草原である**。

(**バッファロー・グラス**、**グラマ・グラス**。

——**丈は低い**。しかし、**根が、地中深く、密に張っている**。

〈根の深さが、2メートルを超えるものもある。〉

**その根が、土を掴んでいる**。

そして、**この地域は、乾いている**。年間降水量、**400〜500ミリ**。

〈**変動が、極めて大きい**。数年おきに、旱魃が来る。〉)

**それまでの利用**。

- 先住民(コマンチ、カイオワ、シャイアン)——**バイソンを追う**。 - そして、19世紀後半、**牛の放牧**。

(——いずれも、**草地を、耕さない**。)

**耕された**。

**(1)ホームステッド法**(1862年、そして拡張)。

(**土地を、無償で配った**。開墾すれば、自分のものになる。

〈1909年の拡大ホームステッド法で、この乾燥地でも、320エーカーが与えられるようになった。〉)

**(2)「雨は、鋤に従う」**。

("Rain follows the plow."

——**19世紀後半に広まった、疑似科学的な主張**である。

土地を耕せば、水分が蒸発し、雨が増える。

〈**根拠は、なかった**。しかし、鉄道会社と、土地の投機家が、これを宣伝した。

そして、**たまたま、1870〜80年代が、湿潤な時期だった**。だから、信じられた。〉)

**(3)第一次大戦**。

**小麦の価格が、暴騰した**。

(ヨーロッパの農地が、戦場になった。

**アメリカ政府が、増産を呼びかけた**。「**小麦が、戦争に勝つ**」。)

**(4)トラクター**。

(——**これが、決定的である**。

馬と犂では、この土地を耕すのに、**何年もかかる**。

**トラクターとディスク・プラウなら、一人で、一日に数十エーカー**。

〈1915年から1930年で、この地域の耕地面積が、数倍に増えた。〉)

**そして、草地が、剥がされた**。

(——**「大耕起」**(The Great Plow-Up)。

1925年から1930年の5年間だけで、**約2,000万エーカー**(約8万平方キロメートル)の草地が、耕された。)

**旱魃**。

**1930年**、雨が、降らなくなった。

(——**この地域では、周期的に起きることである**。

**しかし、今度は、土を掴む根が、なかった**。)

**風**。

**裸の畑の土が、飛んだ**。

**1932年**——14回の砂嵐。 **1933年**——38回。 **1934年**——22回。 **1935年**——40回。 **1937年**——**134回**。

**黒い日曜日**。

**1935年4月14日**。

その日の朝は、**晴れて、暖かかった**。

人々は、久しぶりに外へ出た。洗濯をし、教会へ行き、子どもが遊んだ。

**午後**。

**北から、壁が来た**。

(**高さ——300メートルから600メートル**。

**幅——数百キロメートル**。

——**黒い**。

〈生存者の証言。「**それは、雲ではなかった。壁だった。そして、音がした**」。〉)

**通過に、数時間**。

**その間、完全な暗闇である**。

(**手を伸ばしても、自分の指が見えない**。

——家の中でも、暗い。窓の隙間から、土が吹き込む。

**濡れた布で、口を覆う**。それでも、土が入る。)

**その日、記者アソシエイテッド・プレスのロバート・ガイガーが、この地域を「Dust Bowl」(塵の椀)と書いた**。

**この語が、定着した**。

**塵**。

**東へ、飛んだ**。

- **1934年5月**、砂嵐が**シカゴ**に達した。**一人あたり4ポンドの塵**が降った、と推定された。 - そして——**ニューヨーク**、**ボストン**、**ワシントン**。

(**1935年、議会が、土壌保全の法案を審議していたその日**、

**ワシントンの空が、暗くなった**。

——証言していた土壌保全の専門家**ヒュー・ハモンド・ベネット**が、窓の外を指して言った、とされる。

「**諸君。あれが、私が話していたものだ。オクラホマの土が、いま、我々の上を飛んでいる**」。

〈この逸話は、繰り返し語られている。細部に脚色があるが、当時、実際にワシントンで塵が観測された記録がある。〉

**その日のうちに、法案が通った**。)

- そして、**大西洋上の船**が、甲板に積もる塵を報告した。

**被害**。

**(1)人**。

- **塵肺**(「**ダスト肺炎**」と呼ばれた)。

(**肺に、土が入る**。

——特に、**子どもと老人**が死んだ。

〈正確な統計はない。数千人の死が、これに関連するとされる。〉)

- **静電気**。

(乾いた土の摩擦で、大量の静電気が発生した。

**人が握手すると、火花が飛んだ**。

**自動車が、止まった**(点火系が狂う)。

——人々は、車の後ろに**鎖を引きずって**走った。)

**(2)土地**。

(**推定で、数億トンの表土が、失われた**。

——**表土は、数センチ作られるのに、数百年かかる**。)

**(3)移住**。

**推定 250万人**が、この地域を離れた。

(**約20万人**が、**カリフォルニアへ**向かった。)

**「オーキー」**(Okie)と呼ばれた。

(——**蔑称である**。

そして、カリフォルニアで、彼らは**歓迎されなかった**。

〈1936年、ロサンゼルス市警が、州境に警官を派遣して、**貧しい移住者を追い返す**という違法な作戦を行った。「**バム・ブロケード**」。〉)

**記録**。

**(1)写真**。

**農業安定局**(FSA)が、写真家を雇って、記録させた。

**ドロシア・ラング**——『**移民の母**』(1936年)。

(カリフォルニアの、豆の収穫の野営地で撮られた。

——**フローレンス・オーウェンズ・トンプソン**。7人の子を抱えた32歳の女性。

〈彼女は、後年、この写真によって自分が有名になったことに、複雑な感情を語っている。「**彼女は、私の名前を聞かなかったし、写真を送ってもこなかった**」。

そして、彼女は**チェロキー族**の出身であり、「オーキー」の典型として語られてきた像とは、違っていた。〉)

**ウォーカー・エヴァンズ**、**アーサー・ロススタイン**。

**(2)文学**。

**ジョン・スタインベック**『**怒りの葡萄**』(1939年)。ピュリッツァー賞。

(——オクラホマからカリフォルニアへ向かうジョード一家。

**この本は、いくつかの地域で、焚書にされ、図書館から排除された**。〈オクラホマとカリフォルニアの両方で。〉)

**(3)歌**。

**ウディ・ガスリー**——『**ダスト・ボウル・バラッズ**』(1940年)。

(彼自身が、オクラホマからカリフォルニアへ移動した一人である。)

**対策**。

**1935年、土壌保全法**。**土壌保全局**(現在の自然資源保全局)。

**ヒュー・ハモンド・ベネット**が、初代の長官。

(**彼は、1920年代から、警告し続けていた**。

——「**土壌の侵食は、国家的な脅威である**」。

〈長く、相手にされなかった。〉)

**方法**。

- **等高線耕作**(斜面に沿って、横に耕す)。 - **帯状の作付け**(違う作物を、帯状に交互に植える)。 - **輪作**。 - **不耕起**、あるいは**残渣を残す**耕し方。 - **休耕**と、**草地への復帰**。 - そして——**防風林**。

**大平原植林事業**(Prairie States Forestry Project、1935〜42年)。

(**カナダ国境からテキサスまで**、南北に、**帯状の林を植える**。

**約2億2,000万本**の樹木が植えられた。

——**多くが、いまも残っている**。)

(そして、**政府が、土地を買い上げた**。

**約1,100万エーカー**が、耕作から外され、**国有草地**になった。

〈いまも、そう管理されている。〉)

**そして、いま**。

**同じことが、繰り返されつつある**。

**(1)オガララ帯水層**。

(大平原の地下にある、巨大な化石水の帯水層。

**1950年代から、灌漑に大量に汲み上げられている**。

——**涵養の速度を、はるかに超える**。

**一部の地域では、既に枯渇した**。

〈残りの寿命が、数十年と推計されている地域がある。〉

**この水があるから、いま、この地域で農業ができている**。)

**(2)1950年代の旱魃**。

(1930年代に匹敵する旱魃が来た。

**被害は、はるかに小さかった**。保全の方法が、効いた。)

**(3)そして、2010年代**。

(**再び、砂嵐が増えている**。

耕作の拡大、地下水の枯渇、そして気候の変動。

〈2012〜13年、そして2020年代に、大規模な砂嵐が報告されている。〉)

**教訓**。

**土は、資源である**。

**そして、失えば、人の一生の時間では、戻らない**。

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