概要
内陸の小国パラグアイは、独裁者のもとで自前の工業と軍を育てていた。1864年、隣のウルグアイの内紛をめぐって、パラグアイはブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの三国と戦争になる。六年に及ぶ戦いで、パラグアイの大統領ロペスは最後の一人まで戦うことを求め、少年や老人まで戦場に送った。戦闘と飢えと病で、国の人口の大きな部分が失われ、戦後は男性が極端に少ない国になったとされる。南米の歴史で最も多くの命を奪った戦争である。
場所
アスンシオン
-25.26°N -57.58°E · パラグアイ
-25.26°N -57.58°E · パラグアイ
本文
内陸の小国。
パラグアイは、独裁者のもとで、自前の工業と軍を育てていた。
(1)1864年、隣のウルグアイの内紛をめぐって。
(2)そして、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの三国と戦争になった。
最後の一人まで。
六年に及ぶ戦い。
(1)大統領ロペスは、最後の一人まで戦うことを求めた。
(2)そして、少年や老人まで戦場に送った。
(3)さらに、戦闘と飢えと病で、国の人口の大きな部分が失われた。
残ること。
戦後は、男性が極端に少ない国になったとされる。
南米の歴史で、最も多くの命を奪った戦争である。指導者の意地が、国の世代を一つ消した。