概要
ザクセンの織工フリードリヒ・ゴットロープ・ケラーが、濡らした丸太を砥石に押しつけて繊維を削り出し、それを漉いて紙にした。襤褸から解放された。特許を更新する資金が無く、権利は製紙業者フォルターの手に渡り、ケラーは貧しいまま死んだ。紙が安くなり、新聞が大衆のものになる。同時に、木材パルプの紙は酸を含み、数十年で褐色になって崩れる。十九世紀後半以降の書物と新聞が、いま図書館で壊れつつある。
場所
51.05°N 13.74°E · ドイツ
関わった人(1)
フリードリヒ・ゴットロープ・ケラーAD1816年6月27日–AD1895年9月8日 · 作った本文
**人**。
**フリードリヒ・ゴットロープ・ケラー**(1816〜1895年)。
**ザクセン、ハイニヒェン**(ケムニッツの近く)。
(**父は、**織工**である**。
**——**貧しい**。
**息子は、**正規の教育を、ほとんど受けていない**。
〈**——**村の学校だけである**。
**そして、**手先が、器用だった**。
**〈織機の部品を作り、修理した。〉**〉)
**着想**。
(——**彼は、自分で、こう書いている**(要旨)。
**「少年のころ、**蜂の巣を見た**。
**……**それが、木から作られていることを知った**。
**……**それなら、**紙も、木から作れるはずだ**」**。
〈**——**レオミュールと、**同じ着想である**。
**そして、**ケラーは、レオミュールの論文を、読んでいない**、と考えられている**。
**——**独立に、**同じところに、辿り着いた**。〉
**さらに、彼は、**別のことも、書いている**。
〈**——**子どものころ、**桜んぼの種を、砥石で磨いて、鎖を作る遊び**をした**。
**そのとき、**磨いた粉が、水の中で、繊維状になった**のを見た**。
**——**「木も、そうなるのではないか」**。〉)
**装置**。
**1843年**。
(——**濡らした丸太を、**回転する砥石に、押しつける**。
**そして、**水をかけ続ける**。
**——**削れた繊維が、水と一緒に、流れ出る**。
**「砕木パルプ」**(groundwood pulp)。
〈**極めて単純である**。
**——**化学的な処理を、していない**。
**リグニンが、**そのまま残る**。
**〈これが、後の問題になる。〉**〉
**1844年、**その繊維を漉いた紙で、**新聞を刷らせた**。
〈**——**フランケンベルクの地方紙**。
**そして、**その一部が、いまも残っている**。〉)
**特許**。
(**1845年、**ザクセンで、特許を得た**。
**そして——**更新料が、払えなかった**。
〈**——**当時のザクセンの特許は、**毎年、料金を払う必要があった**。
**ケラーは、**貧しい**。
**そして、**事業を始める資金も、無い**。〉
**1846年、**製紙業者**ハインリヒ・フォルター**に、権利の半分を売った**。
**——**そして、**残りも、失効した**。
〈**フォルターが、**改良し、工業化し、**そして、富を得た**。
**——**「フォルター式砕木機」**として、**世界中に売られた**。〉)
**その後の、ケラー**。
(——**彼は、**貧しいまま**だった**。
**〈紙以外にも、**多数の発明をした**。
**——**そして、どれも、金にならなかった**。〉
**1874年、**ドイツの製紙業界が、**彼のために募金をした**。
**そして、**わずかな年金**が、与えられた**。
**1891年、**ドレスデン工科大学から、名誉博士号**。
**1895年、死去**。**七十九歳**。
〈**——**墓は、**クリムミッチャウ**にある**。
**そして、**その墓石は、**製紙業界が、寄付で建てた**。〉)
**同時期の、もう一つの道**。
(——**化学パルプ**。
**〈砕木は、**繊維を、機械的にちぎる**。
**——**繊維が、短く、そして、リグニンが残る**。
**化学パルプは、**薬品で、リグニンを溶かす**。
**——**繊維が、長く、そして、白い**。〉
**1854年、**ソーダ法**(イギリス、ワットとバージェス)。
**1866年、**亜硫酸法**(アメリカ、ティルマン)。
**1879年、**クラフト法**(ドイツ、ダール)。
〈**——**「クラフト」は、**ドイツ語で「強さ」**である**。
**——**この方法の紙が、**強い**からである**。
**〈クラフト紙、段ボール。〉**
**そして、**現在、世界の化学パルプの大半が、この方法である**。〉)
**結果**。
(**(1)**紙が、安くなった**。
〈**——**19世紀後半、**紙の価格が、大幅に下がった**。
**そして、**新聞の発行部数が、爆発的に増えた**。
**〈「イエロー・ジャーナリズム」の時代である。〉**
**そして、**大衆的な出版物、雑誌、通信販売のカタログ、そして——**教科書**。〉
**(2)そして、**森が、切られた**。
〈**——**製紙のための伐採**が、**19世紀末から、大規模になった**。
**スカンディナヴィア、カナダ、そしてアメリカ北部**。
**——**そして、後に、**熱帯林**。〉)
**酸性紙**。
(——**そして、**深刻な問題が、後から現れた**。
**理由**。
〈**(1)**サイジング剤**。
**——**紙がインクを吸わないように、**松脂(ロジン)**を塗る**。
**そして、それを定着させるために、**硫酸アルミニウム(明礬)**を使う**。
**——**これが、**空気中の湿気と反応して、**硫酸を生じる**。
**(2)そして、**リグニン**。
**——**光と酸素で、**分解し、**酸を生じる**。
**〈新聞紙が、黄ばんで、脆くなるのは、これである。〉**〉
**結果**。
〈**——**紙の、セルロースの鎖が、**酸で、切れていく**。
**そして、**紙が、**茶色くなり、**触ると崩れる**。
**「brittle books」**(脆い本)。
**——**寿命は、**数十年から百年程度**である**。〉
**規模**。
〈**——**1980年代、**アメリカ議会図書館が、調査した**。
**「蔵書の約4分の1が、既に脆く、扱うと壊れる」**。
**そして、**世界中の図書館が、同じ状態にあった**。
**——**19世紀後半から20世紀半ばまでの、**すべての本と新聞**である**。
**〈中世の写本のほうが、20世紀の本より、よく残っている。**
**——羊皮紙と、襤褸紙だからである。〉**〉
**対策**。
〈**(1)**脱酸処理**(マス・デアシディフィケーション)。
**——**アルカリを、紙に浸透させる**。
**〈大量に処理する装置が、開発された。**
**——費用が、かかる。〉**
**(2)**媒体の変換**。
**——**マイクロフィルム、そして、デジタル化**。
**〈——そして、そこにも問題がある。**
**マイクロフィルムには「酢酸症候群」がある。**
**デジタルデータは、形式が、数十年で読めなくなる。〉**
**(3)そして、**中性紙**。
**——**1980年代以降、**図書館用の紙は、中性・アルカリ性**で作られるようになった**。
**〈本の奥付に、「この本は中性紙を使用しています」と書いてある。〉**
**——**これで、**新しい本は、数百年、保つ**とされる**。〉)
**そして**。
(——**ケラーが、**貧しいまま死んだ**こと**。
**そして、**彼の紙が、**百年で崩れつつある**こと**。
**——**それでも、**紙が安くなったことが、識字と、新聞と、大衆的な出版を、可能にした**。
**〈それを、失いたい人は、いない。〉**
**——**代償が、**図書館の書棚にある**。)