できごと

ソフォクレス『オイディプス王』

Oedipus Rex
BC429年頃
年に諸説あり重要度 3
ソフォクレス『オイディプス王』に関わる図版:Oedipus
Oedipus Wikimedia Commons Albert Greiner · Public domain

概要

疫病の街を救うため、王が先王殺しの犯人を探す。探すほど自分に近づく。アリストテレスが悲劇の手本にし、フロイトが名前を借りた。疫病の直後のアテナイで上演された。

場所

アテナイ
37.98°N 23.73°E · ギリシア・アッティカ

関わった人(1)

ソフォクレスBC497年頃–BC406年 · 作者

本文

テーバイの町を疫病が襲っている。畑の実りは枯れ、牛は死に、女たちは死んだ子を産む。民は王宮の前に集まり、かつて町を怪物スフィンクスから救った王オイディプスに、もう一度救ってほしいと願う。王は、妻の兄クレオンをデルフォイの神託所に送っていた。戻ってきたクレオンが伝える神のお告げは、先王ライオスを殺した者が町にいる、その者を見つけて追い払え、というものだった。ソフォクレスの悲劇『オイディプス王』は、こうして始まる。

観客は、この話の結末を知っていた。テーバイの王ライオスは、生まれる子が父を殺し母と交わる、という神託を受け、生まれたばかりの息子の踵を刺し貫いて山に捨てさせた。だが赤ん坊は羊飼いの手を経て、子のいないコリントスの王夫妻に育てられる。成長した若者は同じ神託を聞き、コリントスの両親から逃れるために旅に出て、三叉路で行き合った老人と口論になり、殺してしまう。その先のテーバイでスフィンクスの謎を解き、王となり、未亡人となった王妃イオカステを妻にした。この神話はギリシアの誰もが知る話で、劇の作者たちは、知っている話をどう語るかで競った。

俳優ムネ=シュリーの肖像(役柄不明)
俳優ムネ=シュリーの肖像(役柄不明)Wikimedia Commons Unidentified photographer · Public domain

劇の中のオイディプスは、知らないのは自分だけだという状況に置かれる。王は町の人々の前で、犯人を呪い、見つけたなら決して容赦しないと誓う。その呪いは、知らずに自分自身に向けられている。盲目の予言者テイレシアスは、真実を語るのを拒み、ついに、お前の探している殺人者はお前自身だと言う。王は怒り、クレオンの陰謀だと疑う。王妃イオカステは夫をなだめ、神託など当てにならない、ライオスは三叉路で盗賊たちに殺されたのだと言う。その「三叉路」という言葉が、王の心に最初の疑いを呼び起こす。

コリントスから使者が来て、王の父とされていたポリュボスが亡くなったと告げる。神託は外れた、と王はほっとする。だが使者は、王を安心させようとして、あなたはポリュボス王の実の子ではない、山で私があなたを受け取ったのだと明かす。イオカステは真相を悟り、もう探さないでと懇願して奥へ消える。最後に呼び出されたテーバイの老いた羊飼いが、問い詰められて、すべてを語る。オイディプスは真実を知る。王宮の奥で首を吊ったイオカステを見つけ、その衣の留め金で自分の両目を突く。

スフィンクスの謎を解いたオイディプス(アングル画、1864年、ウォルターズ美術館)
スフィンクスの謎を解いたオイディプス(アングル画、1864年、ウォルターズ美術館)Wikimedia Commons Jean-Auguste-Dominique Ingres · Public domain

アリストテレス(アリストテレス)は『詩学』で、この劇を悲劇の手本として何度も挙げた。悲劇で最も心を打つのは、運命の逆転と、真実の発見が一つの場面で同時に起こるときで、この劇ではコリントスの使者が王を喜ばせようとして、かえって逆の結果を招く。主人公は悪人ではなく、高い地位にありながら、ある過ちのために不幸に落ちる人物だ。観客は、知らないまま破滅に向かって進む人物を見て、恐れとあわれみを覚える。

上演の年は記録に残っていない。疫病で始まる筋立てから、アテナイが疫病に襲われた紀元前430年から429年(アテナイの疫病)の直後、ペロポネソス戦争のさなかに上演されたとみる説が有力だが、420年代の別の年とする説もある。籠城で人があふれたアテナイの町では、市民の数分の一が死に、指導者ペリクレスもこの疫病で亡くなった。劇場に座った観客にとって、疫病に苦しむテーバイは自分たちの町の姿でもあった。古代の記録によれば、ソフォクレスはこの劇を含む作品群で、アイスキュロスの甥にあたる詩人に敗れて二位に終わったという。

アテナイの疫病に関わる図版:Plague in an Ancient City LACMA AC1997.10.1 (1 of 2)
アテナイの疫病Wikimedia Commons Michiel Sweerts · Public domain

ギリシア語の題は『オイディプス・テュランノス』。テュランノスは、血筋によらずに王の座についた者を指す言葉だ。よそ者として町を救い、王になったと信じている男が、実はこの町の正統な王子だった。題そのものに皮肉がこめられている。劇は、合唱隊が、人の一生は最後の日を見届けるまで幸福とは言えない、と歌って終わる。

1899年、ウィーンの医師ジークムント・フロイトは『夢解釈』の中で、この劇が今も観客の心を揺さぶるのは、誰もが幼いころに母への愛と父への敵意を抱いたことがあり、オイディプスの運命がその願いの実現を見せるからだ、と論じた。のちに「エディプス・コンプレックス」と呼ばれる考え方である。フロイトの説には今では批判も多いが、2400年前の劇の主人公の名前は、こうして近代の心理学の言葉になった。

盲目のオイディプスが子供たちを神々に託す(ベニーニュ・ガニュロー画)
盲目のオイディプスが子供たちを神々に託す(ベニーニュ・ガニュロー画)Wikimedia Commons Bénigne Gagneraux · Public domain

ソフォクレスは90歳近くまで生き、最晩年に、盲目となって放浪するオイディプスが、アテナイの郊外コロノスで神々に迎えられて世を去る『コロノスのオイディプス』を書いた。それはソフォクレス自身の生まれ故郷で、劇は作者の死後に上演された。自分が何者かを知ろうとして、知ったために破滅する男の物語は、それ以来、演劇と文学と哲学の中で、知ることの代償をめぐる問いとして読み継がれている。

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