ソフォクレス
概要
90年生きて123の劇を書き、7つが残った。将軍にも選ばれ、ペリクレスと並んで働いた。晩年に息子から老耄を訴えられ、書きかけの『コロノスのオイディプス』を読んで退けたと伝わる。
所属
アテナイ関わったできごと(1)
ソフォクレス『オイディプス王』BC429年頃 · 作者本文
ソフォクレスは、紀元前497年か496年頃、アテナイの北西の郊外コロノスで生まれた。父ソフィロスは奴隷の職人を使って武具を作らせる工房の主で、家は裕福だった。少年の頃から音楽と体育にすぐれ、古代の伝記によれば、BC480年のサラミスの海戦の勝利を祝う祭りで、16歳ほどの彼が裸で竪琴を手に少年合唱隊を先導したという。アテナイの栄光の時代と、彼の生涯はほぼ重なっている。

当時のアテナイでは、春のディオニュシア祭で悲劇の競演が行われていた。選ばれた三人の作者がそれぞれ三つの悲劇と一つのサテュロス劇を上演し、市民から選ばれた審査員が順位をつける。BC468年、ソフォクレスは初めてこの競演に出て、悲劇の第一人者だったアイスキュロスを破って優勝した。まだ20代の終わりだった。
それから60年あまり、彼はアテナイの劇場の頂点にあり続けた。生涯に書いた劇は120篇を超え、競演での優勝は18回とも24回とも伝えられる。三位、つまり最下位になったことは一度も無かったという。アリストテレスによれば、彼は舞台に立つ役者を二人から三人に増やし、背景画を使い始めた。合唱隊を12人から15人に増やしたのも彼だとされる。役者が三人になったことで、人物どうしの対話と駆け引きが劇の中心になり、合唱隊の歌は背景に退いていった。初めは自作の劇に自ら出演していたが、声が弱かったため、やがて舞台に立たなくなったと伝えられる。

彼は劇作家であると同時に、アテナイの公人だった。BC443年頃にはデロス同盟の結成の財務を預かる役に就き、BC441年頃には将軍の一人に選ばれて、ペリクレスとともに反乱を起こしたサモス島への遠征に加わった。この選出は、直前に上演された『アンティゴネ』の評判によるものだったとも言われる。BC413年、ペロポネソス戦争のさなかにシチリア遠征が壊滅すると、アテナイは非常時の対策を練る10人の委員を選んだが、その一人も80歳を超えた彼だったとされる。信心深い人でもあり、医神アスクレピオスの崇拝がアテナイに迎えられたとき、神殿ができるまでその神像を自宅で預かったと伝えられる。そのため死後には英雄として祀られた。
120篇を超える劇のうち、完全な形で残ったのは7篇しかない。『アイアス』『アンティゴネ』『オイディプス王』『エレクトラ』『トラキスの女たち』『フィロクテテス』『コロノスのオイディプス』である。そのほかに、サテュロス劇『追跡者たち』の大きな断片が、20世紀にエジプトのパピルスから見つかっている。
『アンティゴネ』では、国の法に背いて反逆者の兄を葬ろうとする娘と、国の秩序を守ろうとする王が衝突する。人が作った法と、神々の書かれざる掟のどちらに従うべきかという問いは、のちにヘーゲルをはじめ多くの思想家に論じられた。『オイディプス王』では、疫病に苦しむテーバイの王が、原因を突き止めようとして、自分こそが父を殺し母を妻とした者だったことを知る(ソフォクレス『オイディプス王』)。アリストテレスは『詩学』でこの劇を悲劇の手本として繰り返し引き、20世紀にはフロイトが「エディプス・コンプレックス」の名をそこから取った。劇に描かれた疫病に、BC430年のアテナイの疫病の記憶を重ねる研究者もいる。ソフォクレスの人物たちは、どれほど高貴でも、知らずに犯した過ちや、自分の性格ゆえの選択から逃れられない。その姿が観客の恐れと憐れみを呼ぶ。

人柄は穏やかで、誰からも好かれたと伝えられる。同時代の詩人たちが、王の宮廷に招かれてアテナイを離れることもあった中で、彼はほとんどアテナイを出なかった。
晩年の有名な逸話がある。90歳に近い頃、息子のイオポンが、父はもう老いぼれて財産を管理する力が無いと法廷に訴えた。ソフォクレスは、書きかけの『コロノスのオイディプス』の合唱の一節、故郷コロノスの美しさをたたえる歌を読み上げ、「これが老いぼれの書いたものに見えるか」と問うた。審査員は訴えを退け、彼を称えて家まで送ったという。ただしこの話は古代の伝記に見えるもので、事実かどうかは確かめられない。

BC406年の春、年下の競争相手エウリピデスが北方のマケドニアで死んだという知らせが届くと、ソフォクレスは喪服をまとい、合唱隊と役者に冠をつけずに舞台に立たせたと伝えられる。その年のうちに、彼自身も90歳ほどで死んだ。アテナイがペロポネソス戦争に敗れる2年前のことだった。
翌BC405年、喜劇作家アリストパネスは『蛙』で、死んだ悲劇作家たちを冥界に登場させた。そこで彼はソフォクレスについて、あの人はこの世で穏やかだったように、あの世でも穏やかだ、と書いている。遺作の『コロノスのオイディプス』は、孫の小ソフォクレスの手でBC401年に上演された。年老いて盲目となったオイディプスが、放浪の末にコロノスにたどり着き、そこで神々に迎えられて静かに世を去る劇である。作者は最後の作品で、自分の生まれた土地をたたえて終わった。