概要
石油が安く大量に入ってくると、日本の炭鉱は次々に行き詰まった。福岡の三井三池炭鉱で、会社は千二百人あまりの指名解雇を通告し、労働組合は無期限のストライキで応じた。1960年、全国から支援の労働者が集まり、総資本と総労働の対決と呼ばれる。組合の中にも分裂が起き、スト破りの第二組合との衝突で組合員が刺殺された。安保闘争と同じ年、闘いは組合の敗北で終わる。三年後、同じ炭鉱の爆発で四百人を超える人が死んだ。
場所
大牟田
33.03°N 130.45°E · 日本・福岡県
33.03°N 130.45°E · 日本・福岡県
本文
石炭から石油へ。
石油が、安く大量に入ってくる。
(1)日本の炭鉱は、次々に行き詰まった。
(2)そして、福岡の三井三池炭鉱で、会社は千二百人あまりの指名解雇を通告した。
(3)さらに、労働組合は、無期限のストライキで応じた。
総資本と総労働。
1960年、全国から支援の労働者が集まった。
(1)総資本と総労働の対決と呼ばれた。
(2)そして、組合の中にも分裂が起きた。
(3)さらに、スト破りの第二組合との衝突で、組合員が刺殺された。
残ること。
安保闘争と同じ年、闘いは組合の敗北で終わった。
(1)三年後、同じ炭鉱の爆発で、四百人を超える人が死んだ。
(2)そして、生き残った人の多くが、一酸化炭素の後遺症に苦しんだ。
(3)さらに、エネルギーが変わるとき、その重さを背負うのは、掘ってきた人たちだった。