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Event / できごと

フクロオオカミの最後の一頭

Thylacine
AD1936年9月7日
重要度 3
大英帝国オーストラリアニュージーランドAD1936年9月7日タスマニア(位置は特定されていない)
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1936年9月7日の版図を描いています(3勢力)。

概要

フクロオオカミは、背に縞のある、オオカミに似た有袋類である。本土では数千年前に姿を消し、タスマニアにだけ残っていた。羊を襲うとされ、1888年から州政府は一頭ごとに賞金を払い、二千頭を超える分が支払われた。1936年9月7日、ホバートの動物園で最後の一頭が死ぬ。夜の寒さの中、寝小屋から締め出されていたと伝えられる。州が保護を決めたのは、そのわずか59日前だった。その後も目撃の話は絶えないが、確かな証拠は見つかっていない。

場所

タスマニア位置は特定されていない(誤差 ±150km)
-42.00°N 146.60°E · オーストラリア・タスマニア州

本文

フクロオオカミは、有袋類の肉食獣である。犬ほどの大きさで、背から尾の付け根にかけて黒い縞があり、「タスマニアタイガー」とも呼ばれた。子はカンガルーと同じように腹の袋で育てる。オーストラリアの本土とニューギニアにも住んでいたが、数千年前に姿を消し、海で隔てられたタスマニアにだけ残った。本土で消えた理由には、人と一緒にやって来たディンゴとの競争が挙げられている。

19世紀、タスマニアに羊の牧場が広がると、フクロオオカミは羊を襲う害獣とされた。実際の被害は野犬によるものが多かったと考えられている。1830年に牧場の会社が賞金を出しはじめ、1888年からは州政府も一頭につき1ポンドを払った。1909年までに、二千頭を超える分の賞金が支払われている。病気の流行と、すみかの森の開発も重なった。

20世紀に入ると、野生で見かけることはほとんどなくなった。動物園の個体が、残る最後の姿だった。ホバートのボーマリス動物園にいた最後の一頭は、1933年に捕らえられたものである。1936年9月7日、その一頭が死んだ。飼育の係が解雇されたあと世話が行き届かず、寒い夜に寝小屋から締め出されていたと伝えられる。州が保護の対象に加えたのは、同じ年の7月、わずか59日前のことだった。

いま残る動く姿は、1933年に撮られた数十秒の白黒の映像だけである。9月7日は、オーストラリアで「絶滅危惧種の日」とされている。目撃の話は毎年のように寄せられ、DNAから復活させる計画も語られているが、生きた個体の確かな証拠は見つかっていない。

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