概要
モーリシャス島には捕食者がいなかった。だから、この鳩の仲間は飛ぶ必要がなく、地面に巣を作り、人を恐れなかった。1598年にオランダ人が上陸し、100年経たずに姿を消した。人が食べた数より、持ち込まれた豚と鼠と猿が卵を食べた影響が大きい。最後の確実な目撃は1662年。標本はほとんど残らず、オックスフォードの一体も1755年に大半が焼却された。「絶滅」という現象を、人が初めて自分の目で確かめた例になった。
場所
-20.20°N 57.50°E · モーリシャス
本文
**島**。
**モーリシャス**。インド洋、マダガスカルの東900km。
火山島。人が到達するまで、**哺乳類の捕食者が一頭もいなかった**(オオコウモリを除く)。
この島に、鳩の仲間が漂着した。おそらく数百万年前。
**捕食者がいない環境で、鳥に何が起きるか**。
飛ぶ必要がなくなる。飛翔は、エネルギーを大量に消費する。飛ばなくてよいなら、飛ばないほうが有利である。
翼が退化し、体が大きくなり、**地上に巣を作る**ようになる。
そして——**人を恐れない**。恐れる理由が、なかったから。
(同じことが、ニュージーランドのモア、マダガスカルのエピオルニス、ハワイの多くの鳥、ガラパゴスのイグアナに起きた。「**島の従順さ**」と呼ばれる。)
**ドードー**(*Raphus cucullatus*)。
- 体高 約70cm、体重 **10〜18kg** - 大きな鉤形の嘴 - 退化した翼 - 尾に、巻いた羽の束 - 遺伝子の解析で、最も近い現生種は**ミノバト**(東南アジアの森林に住む、飛べる鳩)と判明している。
**遭遇**。
1598年、オランダの提督**ヤコブ・ファン・ネック**の艦隊が、モーリシャスに寄港した。
(ポルトガル人がそれ以前に訪れていたが、定住しなかった。)
オランダ人は、この鳥を「ワルフフォーヘル(気味の悪い鳥)」と呼んだ。
理由——**まずかった**。
複数の記録が、肉が硬く、脂っこく、煮ても柔らかくならないと書いている。(胸肉は食べられた、という記録もある。)
「ドードー」の語源は、諸説ある。オランダ語 dodoor(怠け者)、ポルトガル語 doudo(愚か)、あるいは鳴き声。
**滅び方**。
**人が食べ尽くしたのではない**。
もちろん、船員は捕った。飛べず、逃げず、大きい。捕まえるのは容易である。
しかし、モーリシャスに定住した人の数は、当時、ごく少ない(オランダの入植地は、数十人から数百人)。
**決定的だったのは、人が連れて来たものである**。
- **豚**。放されて野生化した。**地面の巣の卵と雛を食べる**。 - **クマネズミ**。船から降りた。卵を食べる。 - **カニクイザル**。ジャワから持ち込まれた。卵を食べる。 - **犬**と**猫**。 - そして、**森林の伐採**。
ドードーは、**年に1個の卵**しか産まなかった、と推定されている(大型の鳥で、捕食者がいない環境では、多産である必要がない)。
卵が食べられれば、個体群は、急速に縮む。
**最後**。
確実な目撃の最後は、**1662年**。
難破してモーリシャスに漂着したオランダ人**フォルカート・エヴェルツ**の記録。彼は、沖の小島で、この鳥を数羽見て、捕まえた。
(1688年、あるいは1693年の目撃を最後とする説もある。統計的な推定では、実際の絶滅は**1690年頃**とされる。)
**発見から絶滅まで、100年に満たない**。
**忘却**。
そして、**忘れられた**。
18世紀の博物学者の多くは、ドードーを**伝説の生き物**、あるいは船乗りの作り話と考えた。
(実際に見た者がいなくなり、標本もなく、記述だけが残っていたからである。)
**標本**。
ドードーの標本は、**完全なものが一つも残っていない**。
**オックスフォード**のアシュモリアン博物館に、剥製が一体あった(トラデスカントのコレクション由来。生きた個体がロンドンに運ばれ、見世物にされた後のものとされる)。
1755年、博物館が、傷んだ標本を整理した。ドードーの剥製も、**焼却処分**された。
(伝説では、館長が焼却を命じ、職員が慌てて頭と足だけを救い出した、とされる。実際には、当時の記録は「傷んだ標本の除去」とあり、なぜ頭と足が残ったかの経緯は不明である。)
**残っている、唯一の軟部組織の標本**が、その頭と足である。
(そのミイラ化した頭から、2002年にDNAが抽出され、ミノバトとの近縁が確定した。)
他には、骨だけ。1865年、**ジョージ・クラーク**が、島の沼地(マール・オ・ソンジュ)で、大量の骨を発見した。世界中の博物館にあるドードーの骨格は、ここから来ている(多くは、複数個体の骨を組み合わせた復元である)。
**絵**。
我々が知っている、太った、丸い姿のドードーは、17世紀のヨーロッパの絵に基づく。
最も影響力があったのは、**ルーラント・サーフェリー**の絵(1626年頃)。
しかし、これらの絵は、**ヨーロッパに運ばれ、飼育されていた個体**を描いている可能性が高い。
(運ばれた個体は、不適切な餌で太っていた可能性がある。あるいは、剥製を見て描かれた。)
骨格から推定される生きたドードーは、**もっと痩せていて、脚が長く、直立していた**とされる。
**意味**。
**絶滅**という現象が、科学的に認められたのは、19世紀である。
それ以前、多くの博物学者は、**神が創った種が滅びることはありえない**と考えていた(存在の大いなる連鎖)。化石は、まだ未発見の場所に生きている生物のもの、とされた。
1796年、**ジョルジュ・キュヴィエ**が、マンモスとマストドンの化石を分析し、これらが**現存するどの象とも違う、絶滅した種である**ことを示した。
絶滅が、事実として認められた。
そして、ドードーは——**人が絶滅させ、その全過程が記録に残っている、最初の例の一つ**になった。
(正確には、それ以前にも、人による絶滅は多数あった。オーストラリアとアメリカの大型動物、モア、ステラーカイギュウ。しかし、「発見され、記述され、そして消えた」ことが、文書で追える例として、ドードーは特別である。)
**『不思議の国のアリス』**。
1865年、**ルイス・キャロル**(本名チャールズ・ドジソン、オックスフォードの数学者)が、この本にドードーを登場させた。
彼は、オックスフォードの博物館で、ドードーの標本と絵を見ていた。
(キャロルは吃音があり、自分の名を「ド、ド、ドジソン」と言うことがあった。ドードーは彼自身の投影である、という説が広く語られている。)
挿絵は**ジョン・テニエル**。サーフェリーの絵に基づいている。
この本によって、ドードーは、**絶滅の象徴**として、世界中に知られるようになった。
英語の慣用句 "**as dead as a dodo**"(ドードーのように死んでいる=完全に廃れた)。
**現在**。
モーリシャスの国章に、ドードーが描かれている。
そして、島では、**在来種の回復**の取り組みが続いている。
**モーリシャスチョウゲンボウ**は、1974年に**野生の個体が4羽**まで減った。人工繁殖と、外来種の駆除によって、現在は数百羽に回復している。「絶滅の淵から戻った」数少ない例とされる。
ドードーが実を食べて種を運んでいたとされる**タンバラコクの木**は、いまも島に残っているが、若木がほとんどない。(「ドードーが絶滅したから発芽しなくなった」という説が1977年に唱えられ、広く知られたが、その後、否定的な検討が多い。)
2020年代、ドードーの「復活」(近縁種の細胞のゲノム編集による)を目指す企業が現れ、資金を集めている。
科学的な実現性と、倫理と、そして「復活できるなら絶滅させてよいのか」という問いが、議論されている。