概要
天然痘の大流行で朝廷の有力者が次々に死に、反乱も起き、飢饉が続いた。聖武天皇は、仏の力で国を守ろうと考えた。741年、国ごとに僧寺と尼寺を建て、経典を置いて国の平安を祈らせる詔を出す。都から遠く離れた土地にも、七重の塔が立ち並ぶことになった。各地の寺は、仏教を広めると同時に、都の権威を地方に見せつける建物でもあった。いまも各地の地名に国分寺の名が残っている。
場所
平城京
34.69°N 135.79°E · 日本・奈良県
34.69°N 135.79°E · 日本・奈良県
天然痘の大流行で朝廷の有力者が次々に死に、反乱も起き、飢饉が続いた。聖武天皇は、仏の力で国を守ろうと考えた。741年、国ごとに僧寺と尼寺を建て、経典を置いて国の平安を祈らせる詔を出す。都から遠く離れた土地にも、七重の塔が立ち並ぶことになった。各地の寺は、仏教を広めると同時に、都の権威を地方に見せつける建物でもあった。いまも各地の地名に国分寺の名が残っている。