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Event / できごと

国分寺建立の詔

Kokubun-ji
AD741年
重要度 4
古シベリアの狩猟採集民唐突厥ツングース系の人びと吐蕃吐蕃渤海ウイグルカルルク南詔と大理高句麗タイ系の諸王国日本Nan-Zhaoアイヌ新羅ヒンドゥーの諸国真臘チャンパドヴァーラヴァティーAD741年平城京
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD741年の版図を描いています(20勢力)。

概要

天然痘の大流行で朝廷の有力者が次々に死に、反乱も起き、飢饉が続いた。聖武天皇は、仏の力で国を守ろうと考えた。741年、国ごとに僧寺と尼寺を建て、経典を置いて国の平安を祈らせる詔を出す。都から遠く離れた土地にも、七重の塔が立ち並ぶことになった。各地の寺は、仏教を広めると同時に、都の権威を地方に見せつける建物でもあった。いまも各地の地名に国分寺の名が残っている。

場所

平城京
34.69°N 135.79°E · 日本・奈良県

本文

続く災い。

天平の疫病。

(1)天然痘の大流行で、朝廷の有力者が次々に死んだ。

(2)そして、反乱も起き、飢饉が続いた。

(3)さらに、聖武天皇は、仏の力で国を守ろうと考えた。

741年。

詔を出した。

(1)国ごとに、僧寺と尼寺を建てる。

(2)そして、経典を置いて、国の平安を祈らせる。

(3)さらに、都から遠く離れた土地にも、七重の塔が立ち並ぶことになった。

残ること。

各地の寺は、仏教を広めると同時に。

(1)都の権威を、地方に見せつける建物でもあった。

(2)そして、いまも各地の地名に、国分寺の名が残っている。

(3)さらに、その総本山が、大仏開眼の東大寺である。

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