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Event / できごと

聖像破壊論争

Byzantine iconoclasm
726年 – 843年
期間を持つできごと重要度 3

概要

像を拝むのは偶像崇拝かをめぐって100年争った。西方教会との溝が深まり、1054年の分裂につながる。

場所

コンスタンティノープル
41.01°N 28.98°E · トルコ・イスタンブール

関わった人(1)

レオン3世(イサウリア朝)AD685年頃–AD741年6月18日 · 始めた皇帝

本文

像を拝むのは偶像崇拝ではないか。

皇帝レオン3世が聖像の破壊を命じた。

背景に、イスラーム勢力の台頭があるという説がある。 偶像を持たない相手に負け続けていることへの反省、と。

100年争った。 破壊する側と、守る側が、皇帝の代替わりごとに入れ替わる。

守る側の理屈が、神学として整った。 神が人になった以上、その姿は描ける。 描かれた像を拝むのではなく、 像を通してその向こうを拝むのだ、と。

西方教会は、この争いに巻き込まれなかった。 ローマ教皇は像の破壊に反対し、 コンスタンティノープルとの溝が深まる。

最終的に、像は認められた。 ただし彫像ではなく平面のイコンに限る、 という形が正教会に残った。

1054年の東西分裂の、遠い一因になる。

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