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Person / 人

聖武天皇

Emperor Shōmu
AD701年 – AD756年(享年55・推定)
日本重要度 4

概要

疫病と反乱と飢饉の中で都を三度動かし、国ごとに国分寺を建てさせ、大仏を発願した。「朕は三宝の奴」と言った。出家した最初の天皇。遺品が正倉院に残った。

所属

日本

関わったできごと(1)

東大寺大仏の開眼AD752年 · 発願

本文

首皇子。 文武天皇と藤原宮子の子。 宮子は不比等の娘。 生まれてすぐ父が死に、 祖母の元明、叔母の元正が繋いだ。 724年、24歳で即位。 妻は光明子。不比等の娘。 叔母にあたる。

727年、皇子が生まれ、 生後1か月で皇太子にし、 翌年死んだ。 729年、長屋王。 「皇太子を呪った」として、 家を囲まれ、自害した。 光明子が皇后になった。 臣下の娘で初めて。

735年、天然痘。 737年、藤原四兄弟が全員死んだ。 政権の中心が消えた。 740年、藤原広嗣の乱。 九州で。 聖武は東国へ「行幸」した。 伊賀、伊勢、美濃、近江、 恭仁京へ。 5年、都が定まらなかった。 恭仁、紫香楽、難波、 そして平城京へ戻った。 「彷徨五年」。

741年、国分寺・国分尼寺の詔。 743年、大仏の詔。 「朕は薄徳で、この大願を成しがたい。 だが、一枝の草、一把の土を持って助けようとする者があれば、許せ」。 紫香楽で始め、 平城京で作り直した。 749年、陸奥から金が出た。 聖武は東大寺で「三宝の奴」と称した。 仏の奴隷。 出家した。 勝満。 娘の孝謙に譲位。 天皇で最初の出家。

752年、開眼。 インドの僧菩提僊那が筆を執り、 その筆に長い紐をつけて、 聖武と光明と孝謙が握った。 紐は正倉院にある。

756年5月、死んだ。56歳。 49日、 光明皇后は遺品を東大寺に納めた。 650点。 『国家珍宝帳』。 それが正倉院の北倉。