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Event / できごと

トゥール・ポワティエ間の戦い

Battle of Tours
AD732年
重要度 4

概要

フランク軍がイスラム軍の北上を止めた。西ヨーロッパがイスラム圏に入らなかった分岐点とされる。

場所

トゥール位置は特定されていない(誤差 ±20km)
47.39°N 0.68°E · フランス(戦場の位置は特定されていない)

関わった人(1)

カール・マルテルAD688年頃–AD741年 · フランク軍

本文

フランク軍がイスラム軍の北上を止めた。

ギボン以来、「これで負けていれば オックスフォードでクルアーンが講じられていた」 という言い方が広まった。

近年、その評価は下げられている。

イスラム側の史料では、この戦いの扱いが小さい。 大規模な征服軍ではなく、 略奪を目的とした遠征だったとする見方が強い。

同じ時期、東ではコンスタンティノープルの攻略に失敗し、 内部では後継争いが続いていた。 北へ広げる余力が、そもそも乏しかった。

それでも、この戦いには別の意味がある。 勝ったカール・マルテルの家系が、 これを機に実権を固めた。 その孫がカール大帝になる。

ヨーロッパの分岐点というより、 フランク王国の分岐点だったことになる。

出典(2)

エドワード・ギボン ローマ帝国衰亡史第52章
エドワード・W・サイード(今沢紀子 訳) オリエンタリズム第1章 オリエンタリズムの領域(イスラームという「脅威」の記憶)

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