概要
ウスマシンタ川の湾曲に建つマヤの都市。神殿の入口のまぐさ石に、王「盾ジャガー」と妃「シュック夫人」が彫られている。妃は棘のついた縄を舌に通し、血を紙に落として、香を焚いた煙の中から蛇が立ち上がり、その口から祖先の戦士が現れる。放血儀礼。王権は、痛みと血で、祖先とつながった。大英博物館にある。
場所
16.90°N -90.96°E · メキシコ・チアパス州
本文
ウスマシンタ川が大きく曲がる、その内側の半島。いまのメキシコ、チアパス州の密林。マヤの都市ヤシュチラン(古典期、AD350〜810年頃)。上流のピエドラス・ネグラス、下流のパレンケ、内陸のティカルとカラクムルの間で、戦い、婚姻を結んだ。
まぐさ石(リンテル)。神殿の入口の上に渡す石の梁。マヤでは、そこに彫刻をした。ヤシュチランのものは、マヤの浮き彫りで最も精巧な部類とされる。
第23号構造物の3枚(第24、25、26号まぐさ石)。AD723〜726年頃。王「イツァムナーフ・バラム3世」(英語の文献で「盾ジャガー」)と、妃「イシュ・カバル・ショーク」(「シュック夫人」)。
第24号。夜、部屋の中。王が松明を掲げて立ち、妃が跪いて、棘のついた縄を、舌を貫いて引いている。血が、足元の籠の紙に落ちる。妃は錦の衣に、翡翠の耳飾り。表情は静か。
第25号。籠の紙が焚かれて、煙が立つ。煙の中から、羽をつけた蛇(幻視の蛇、ヴィジョン・サーペント)が身をくねらせて立ち上がり、その口から、槍と盾を持った戦士が現れる。王家の祖先。妃が下から見上げている。
第26号。妃が、王にジャガーの頭の兜と、盾を渡す。戦いへ。
放血儀礼。マヤの王と王妃は、自分の血を神と祖先に捧げた。男は陰茎を、女は舌を、エイの棘や黒曜石の刃で貫いて、縄を通し、紙に血を落として焚いた。失血と、香と、断食と、太鼓で、幻視に入った。祖先が現れる。王権は、そうやって、目に見える形で、祖先とつながった。
碑文。マヤ文字で、日付(長期暦)、王の名、儀礼の種類、そして「これは彼の血の捧げ物である」と書いてある。20世紀の後半のマヤ文字の解読(クノロゾフ、プロスクリアコフ、ショーレ、フリーデル)で、この場面が「神話」でなく、日付のある「歴史」だと分かった。プロスクリアコフは1960年、ピエドラス・ネグラスの碑文の日付が人間の一生の周期に合うことを示して、マヤの碑文が王の伝記だと証明した。
第23号構造物のまぐさ石3枚は、1882年、イギリスの探検家アルフレッド・モーズレーが持ち出した。いま大英博物館。ヤシュチランの神殿の入口は、空いている。