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Event / できごと

クルスクの戦い

Battle of Kursk
AD1943年7月5日
重要度 5

概要

ドイツはティーガーとパンターを待って攻めた。ソ連は知っていて、地雷と対戦車砲を8列に敷いて待った。プロホロフカで戦車が数百両ぶつかった。史上最大の戦車戦。ヒトラーは8日で止めた。それからドイツは、東で一度も攻めなかった。

場所

クルスク
51.73°N 36.19°E · ロシア

本文

1943年3月、ハリコフ。マンシュタインが取り返した。 突出部。クルスク。幅200キロ、奥行き150キロ。 「ツィタデレ」。北と南から切る。 5月に、と。ヒトラーは待った。「ティーガー、パンター、フェルディナント」。「新しい戦車を待つ」。 「ツィタデレを考えると胃が痛む」。ヒトラー。 7月に。 ソ連は知っていた。「ルーシー」。ウルトラ。捕虜。偵察。 ジューコフ。「待つ。敵が疲れたら攻める」。 8列の防御線。300キロの深さ。地雷100万個。対戦車砲。130万人。 7月5日。 北。モーデル。第9軍。10キロで止まった。 南。ホト。第4装甲軍。SS装甲軍団。35キロ。 7月12日、プロホロフカ。 第2SS装甲軍団とロトミストロフの第5親衛戦車軍。 「史上最大の戦車戦」。「1500両」。 「ソ連の戦車が、ドイツの戦車に体当たりした」。 「ドイツ5両にソ連300両以上」。2000年代、ドイツの記録から。 「プロホロフカは、ソ連が負けた戦い。だが、ドイツも進めなかった」。 7月10日、シチリア。連合軍上陸。 7月13日、ヒトラーが止めた。「シチリアへ兵を」。 マンシュタイン。「あと少し」。 7月12日、北で「クトゥーゾフ」。オリョール。 8月3日、南で「ルミャンツェフ」。ベルゴロド、ハリコフ。 8月23日、ハリコフ。四度目で最後。 「ドイツは、東で、二度と攻めなかった」。 ソ連。死者と負傷86万。戦車6000両。 ドイツ。20万。戦車700両。 「ソ連は3倍失って、勝った」。 「ドイツは、勝てなかった。それで負けた」。 「戦争の転換点は、スターリングラードでなく、クルスク」。 グデーリアン。「装甲部隊は、二度と立ち直らなかった」。 ティーガー。88ミリ。「無敵」。数が少なかった。 パンター。初陣で故障だらけ。 T-34。「数」。 「クルスク」は、ソ連では「火の弧」。 「オグネンナヤ・ドゥガ」。 プロホロフカに、鐘楼。1995年。 「第三の戦場」。クリコヴォ、ボロジノ、プロホロフカ。 ロシアの、三つの。

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