できごと

アイスランド入植

Settlement of Iceland
AD874年
重要度 3
アイスランド入植に関わる図版:The Norwegians land in Iceland year 872
The Norwegians land in Iceland year 872 Wikimedia Commons Oscar Wergeland · Public domain

概要

無人島に人が住みはじめた。誰も住んでいなかった土地に社会が一から作られる、めずらしい例になる。

場所

レイキャヴィーク
64.15°N -21.94°E · アイスランド

本文

北大西洋の真ん中、北極圏のすぐ南に、火山と氷河の島がある。人が住みつく前、そこには鳥と海獣と、北極狐のほかに陸の哺乳類はいなかった。8世紀の末ごろ、アイルランドの修道士たちが、祈りの孤独を求めて小舟でこの島に渡っていたとされる。9世紀のアイルランドの学者ディクイルは、北の果ての島で夏の夜にも明るさが残ることを、そこから戻った修道士の話として書いている。だが修道士たちは定住の村を作らなかった。

島の始まりを伝えるのは、12世紀に書かれた二つの書物である。アリ・ソルギルスソンの『アイスランド人の書』と、入植した人々とその土地を一人ずつ書き上げた『植民の書』だ。それによれば、9世紀の半ば、北欧の航海者たちが嵐で流されたり探検に出たりして、相次いでこの島を見つけた。その一人フローキは、春先のフィヨルドが流氷で埋まっているのを見て、「氷の島」と名づけたという。

インゴールヴルが高座の柱を立てるよう命じる場面(ロージ画)
インゴールヴルが高座の柱を立てるよう命じる場面(ロージ画)Wikimedia Commons Johan Peter Raadsig (1806 - 1882) · Public domain

最初に住みついたのは、ノルウェーのインゴールヴ・アルナルソンだと伝えられる。874年ごろ、彼は島が近づくと、故郷の家の柱を海に投げ入れ、それが流れ着いた場所に住むと誓った。召使いたちが3年かけて柱を探し当てた場所が、のちの首都レイキャヴィーク、「煙の入り江」である。温泉の湯気が立ち上っていたことから付いた名だとされる。

その後60年ほどで、住める海岸の土地はおおかた人で埋まった。ノルウェーのハーラル美髪王が国を一つにまとめていく中で、その支配を嫌った有力者たちが一族と家畜を連れて渡ってきた、と後の物語は語る。年代の裏づけは、意外なところから来た。島の各地の土の中に、870年代の噴火で降り積もった火山灰の層があり、そのすぐ上から人が住んだ跡が見つかり始めるのである。

入植には暗い面もあった。インゴールヴの義兄弟ヒョルレイヴは、アイルランドから連れてきた奴隷たちに殺され、奴隷たちは南の沖の小島へ逃れて、そこで討たれたと伝えられる。島々はいまも、西の人々、すなわちアイルランド人の島と呼ばれている。

渡ってきたのはノルウェー人だけではなかった。ブリテン諸島の北やアイルランドに住んでいた北欧人もいて、彼らはその地で迎えた妻や、捕らえた奴隷を連れてきた。いまのアイスランド人の遺伝子を調べると、父方の祖先は多くが北欧系なのに対し、母方の祖先には、ケルト系の女性が大きな割合を占めているという。

土地は先に来た者が取った。だが取りすぎを戒める決まりもあった。男が取れる土地は、一日のうちに火を持って回れる範囲まで、女は春の一日に若い雌牛を引いて回れる範囲まで、と『植民の書』は伝える。誰がどこを取り、どこに家を建てたかが書き留められ、後の世まで家柄と土地の根拠になった。

人が来る前、島の低地は広く白樺の林に覆われていたと考えられている。入植者は林を焼いて牧草地を開き、家と船の材料にし、炭を焼いて鉄を作った。数十年のうちに森の多くが失われ、羊が若木を食べ尽くして、林は戻らなかった。むき出しになった土は風と水に削られ、いまも島の森は国土のわずかな部分にすぎない。

島には王がいなかった。930年ごろ、有力者たちは全島の集会を開き(アルシングの開設)、法を共にすることで社会をまとめた。1000年にはキリスト教を受け入れる(アイスランドのキリスト教受容)。島から西へ向かった人々は、グリーンランドに住みつき、北アメリカの岸にまで達した(ヴィンランド到達)。

アイスランドのキリスト教受容に関わる図版:1630 IJsland Blaeu HR'
アイスランドのキリスト教受容Wikimedia Commons Willem Blaeu · Public domain

誰も住んでいなかった土地に、社会が一から作られた。その記憶が、自分たちが何者なのかを書き残す強い動機になったのだろう。13世紀には、入植者たちの子孫の争いと名誉を描いた散文の物語、サガが次々に書かれた。スノッリ・ストゥルルソンが北欧の神話と王たちの歴史を書き留めたのも、この島である。アイスランド語は古い北欧語の姿をよく残しており、いまの島の人々は、千年近く前のサガをほとんどそのまま読むことができる。

同じ時代のできごと

プランバナンの造営AD856年頃藤原良房の摂政AD858年ルーシの成立AD862年スラヴ語への伝道AD863年ブルガリアの改宗AD864年大異教軍のイングランド上陸AD865年応天門の変AD866年(貞観8年)閏3月ハフルスフィヨルドの戦いAD872年頃
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