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Event / できごと

ハフルスフィヨルドの戦い

Battle of Hafrsfjord
AD872年頃
年に諸説あり重要度 3

概要

ハーラルが西ノルウェーの小王たちを海戦で破り、ノルウェーを一つにしたとサガは言う。負けた者と、税を嫌う者が、アイスランドに渡った。アイスランドの入植は、この敗者たちの話でもある。

場所

ハフルスフィヨルド
58.93°N 5.65°E · ノルウェー

関わった人(1)

ハーラル美髪王AD850年頃–AD932年頃 · 勝者

本文

『ヘイムスクリングラ』。スノッリ、13世紀。 ハーラルはヴェストフォルの小王で、 ホルダランドの王女ギューザに求婚した。 「ノルウェー全体の王でなければ嫌だ」。 ハーラルは「王になるまで髪を切らない」と誓った。 10年。 「もじゃもじゃ頭のハーラル」。

同盟と戦いで東を取り、 西の王たちが連合した。 ホルダランド、ローガランド、アグデル、テレマルク。 海戦。ハフルスフィヨルド。スタヴァンゲルの近く。 ハーラルの船が敵の王エイリークの船に乗り込み、 狂戦士(ベルセルク)が前に立った。 勝った。 髪を切った。 「美髪王」。 ギューザと結婚した。

年は872年とされてきた。 サガの計算からで、 いまは880年代から890年代と考える人が多い。 ハーラルが本当に「ノルウェー」を統一したかも、疑われている。 西と南の海岸を押さえただけで、 内陸と北は別だった。 「統一」は、後の王たちが自分の系譜をハーラルに繋げるための話でもある。

だが、負けた側の話は確かにある。 『植民の書』(ランドナゥマボーク)。 アイスランドの最初の入植者400人の名簿。 多くが「ハーラル王の圧政を逃れて」と書かれている。 ハーラルは税を課し、 逃げる者の土地を取り上げた。 ケティル平鼻、 イングルフ・アルナルソンの一族。

870年代から930年まで、6万人がアイスランドに行った。 王のいない土地に。 ハーラルの勝利が、 王のいない国を作った。

同じ時代のできごと

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