概要
1946年1月1日、昭和天皇は、新しい日本を建てることについての詔書を出した。詔書は冒頭に明治の五箇条の御誓文を掲げ、そのうえで、天皇と国民の絆は、信頼と敬愛で結ばれているのであって、神話や伝説によるものではなく、天皇を生きた神とし、日本人をほかの民族より優れた、世界を支配すべき民族とする考えは、架空のものだと述べた。新聞はこれを天皇の「人間宣言」と呼んだ。文案には占領軍の側の人々もかかわっていた。天皇を神とする考えは、戦争へと国民を動員するときの支えになっていた。
場所
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
本文
明治の憲法は、天皇を「神聖にして侵すべからず」と定めた。昭和に入ると、天皇は現御神、すなわち人の姿をとって現れた神であるという考えが、学校の教育や国の文書を通じて強く打ち出されていった。日本は神の子孫である天皇が治める特別な国であり、その国体を世界に広めるのが日本の使命だとされた。こうした考えは、国民を戦争へと動員する支えになった。
1945年の敗戦のあと、占領軍は、天皇を神とする考えを改めさせることを求めた。一方で、占領軍の最高司令官マッカーサーは、占領を円滑に進めるため、天皇の地位は残すつもりだった。天皇自身が自らの神格を否定すれば、天皇制を残しながら軍国主義の土台を取り除ける。占領軍の民間情報教育局の人々や、学習院の英語教師ブライスらが文案づくりにかかわり、日本の政府がそれを詔書の形に整えた。
1946年1月1日、新聞に「新日本建設に関する詔書」が載った。詔書の冒頭には、天皇自身の希望で、明治天皇の五箇条の御誓文の全文が掲げられた。そのうえで詔書は、天皇と国民との間の絆は、終始相互の信頼と敬愛によって結ばれているもので、単なる神話と伝説によって生じたものではないと述べた。そして、天皇を現御神とし、日本の国民をほかの民族に優越する民族で、世界を支配すべき運命を持つとする考えは、架空の観念にもとづくものだとした。
新聞は、これを天皇の「人間宣言」と呼んだ。欧米の新聞は、天皇が自ら神であることを否定したと大きく報じた。もっとも、詔書には「人間」という言葉も、天皇が神の子孫であることを否定する文も無い。昭和天皇はのちに、詔書の第一の目的は五箇条の御誓文を示し、民主主義は日本にもともとあったものだと伝えることにあったと語っている。
同じ年、天皇は全国を回る巡幸を始め、背広姿で人々の前に立ち、言葉を交わした。1947年の日本国憲法は、天皇を、主権を持つ国民の総意にもとづく、日本国と日本国民統合の象徴と定めた。