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Event / できごと

ディランのエレキ

Electric Dylan controversy
AD1965年7月25日
重要度 3
カナダアメリカ合衆国アメリカ合衆国グリーンランドメキシコキューバグアテマラAD1965年7月25日ニューポート
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1965年7月25日の版図を描いています(7勢力)。

概要

1965年7月25日、ロードアイランド州のニューポートで開かれたフォークの祭典に、ボブ・ディランがエレキギターを抱えて現れ、ロックのバンドを従えて演奏した。フォークは、生のギターで社会の不正を歌う音楽であり、電気の楽器は商業の音楽の印とみなされていた。客席から激しいやじが飛んだと伝えられる。数日前に出た「ライク・ア・ローリング・ストーン」は、六分を超える長さで順位の上位に入った。歌の詞が文学として読まれる道を開いたディランは、2016年、ノーベル文学賞を受けた。

場所

ニューポート
41.49°N -71.31°E · アメリカ・ロードアイランド州

本文

1950年代の終わりから、アメリカでは古い民謡を掘り起こし、生のギターやバンジョーで歌うフォークの復興が起きていた。歌い手たちは、労働組合や公民権の運動の集会で歌い、フォークは社会の不正を告発する音楽とみなされた。ミネソタ出身のボブ・ディランは、その若い旗手だった。彼の「風に吹かれて」は運動の歌になり、1963年のワシントン大行進では、自らも舞台に立った。

一方で、ディランはビートルズがアメリカへの衝撃を受け、ロックの音に惹かれていた。1965年の春に出したアルバムでは、半分の曲に電気の楽器を使った。

1965年7月25日、ロードアイランド州のニューポートのフォークの祭典で、ディランはエレキギターを持って登場し、シカゴのブルースのバンドの奏者たちを従えて、大音量で3曲を演奏した。客席からはやじと拍手が入り混じった。音響がひどかったからだとも、フォークを裏切ったと怒ったからだとも言われる。舞台の裏では、フォークの長老ピート・シーガーが斧があれば電線を切ってやると怒ったという話が伝えられているが、本人はそれを否定している。ディランはいったん舞台を降り、生のギターに持ち替えて2曲を歌って去った。

その数日前に出た「ライク・ア・ローリング・ストーン」は、6分を超える長さで、ラジオでかけるには長すぎると言われながら、順位の2位まで上がった。ロックは、踊るための短い歌から、長く複雑な詞を聴かせる表現へ変わっていく。2016年、ディランはノーベル文学賞を受けた。歌い手がこの賞を受けたのは初めてである。

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