概要
十八世紀の半ばまで、罪人は広場で公開の拷問と処刑を受けた。それが百年足らずで、塀の中で時間割どおりに暮らさせる監獄に変わる。人道的になったように見えるこの変化を、ミシェル・フーコーは1975年の本で別の角度から描いた。罰の対象は体から心へ移り、人を見張り、記録し、規律に従わせる技術が、監獄だけでなく学校や軍隊や工場や病院に広がったのだ、と。見られているかもしれないと思うだけで、人は自分を律するようになる。
場所
パリ
48.86°N 2.35°E · フランス
48.86°N 2.35°E · フランス
本文
広場の処刑。
十八世紀の半ばまで。
(1)罪人は、広場で公開の拷問と処刑を受けた。
(2)そして、それが百年足らずで、塀の中で時間割どおりに暮らさせる監獄に変わった。
体から心へ。
人道的になったように見えるこの変化を、ミシェル・フーコーは1975年の本で、別の角度から描いた。
(1)罰の対象は、体から心へ移った。
(2)そして、人を見張り、記録し、規律に従わせる技術が広がった。
(3)さらに、監獄だけでなく、学校や軍隊や工場や病院に広がった。
残ること。
見られているかもしれないと思うだけで、人は自分を律するようになる。
その象徴に選ばれたのが、ベンサムのパノプティコンだった。監視カメラの時代に、繰り返し引かれる本である。