概要
戦後の東京では郊外に人が移り住み、朝の電車に乗客が溢れた。扉が閉まらず、発車が遅れ、その遅れが次の電車に積み重なっていく。国鉄は新宿駅に、ホームで乗客を車内へ押し込む係を置いた。正式の名は「旅客整理係学生班」で、多くは大学生のアルバイトだった。列に並んで待つ者を、一本でも早く運ぶために、車両の中の隙間を詰める。高度成長期には定員の二倍を超える混雑が当たり前になり、白い手袋で背中を押す姿は外国の雑誌にも載った。線路と車両を増やすまでのあいだ、足りない輸送力を人の手で埋めた仕事である。
場所
35.69°N 139.70°E · 日本・東京都新宿区
本文
**溢れる**。
(——**戦後の東京は、**外へ、広がった**。
〈**(1)**焼け跡から、**人が、戻ってくる**。
**(2)**そして、**地方から、**働き口を求めて、**人が、来る**。
**(3)さらに、**都心には、**住む場所が、**足りない**。
**〈——郊外に、住む。**
**——**都心へ、**通う**。〉〉**
**——**朝**。
〈**——**中央線**、**山手線**。
**——**そして、**郊外から来る私鉄**が、**新宿**に、**集まる**。
**——**一本の電車に、**乗り切れない**。〉)
**扉が、閉まらない**。
(——**混雑は、**苦しい**だけでは、済まない**。
〈**(1)**乗る客が、**乗り切れない**。
**(2)**そして、**扉が、**閉まらない**。
**(3)さらに、**発車が、**遅れる**。
**(4)そして、**遅れた電車に、**次の駅の客**が、**溜まる**。
**〈——ますます、**乗り切れない**。〉**
**(5)さらに、**後ろの電車**が、**詰まる**。〉
**——**遅れが、**遅れを、呼ぶ**。
〈**——**一本**の数十秒が、**朝の、**全部の電車**に、**積み重なる**。〉
**——**待っている列**を、**早く、**はかす**には、
〈**——**電車を、**定刻に、**出す**しか、ない**。
**——**そのためには、**扉を、閉める**しか、ない**。〉)
**押す係**。
(——**1955年10月24日、**国鉄の新宿駅**に、**新しい係**が、**置かれた**。
〈**——**正式の名は、**「旅客整理係学生班」**。
**——**多くは、**大学生のアルバイト**だった**。〉
**——**仕事**。
〈**(1)**ホームに、**立つ**。
**(2)**そして、**扉の前で、**乗り切れない客**の背中を、**押す**。
**(3)さらに、**扉に挟まった**鞄や、服**を、**押し込む**。
**(4)そして、**扉を、**閉めさせる**。〉
**——**やがて、**「押し屋」**と、呼ばれるようになる**。
〈**——**そして、**押し込むのとは逆**に、**乗りすぎた客を、**引きはがす**役目**も、**あった**。
**——**「はがし屋」**と、呼ばれた**。〉)
**二倍を超える**。
(——**高度成長**。
〈**——**混雑は、**さらに、ひどくなる**。
**——**東京の主な路線**で、**定員の二倍を超える**のが、**当たり前**になった**。
**——**1970年代には、**二百パーセントを、**大きく超える区間**が、あった**。〉
**——**1964年、**東京オリンピック**。
〈**——**外国の雑誌**が、**東京の電車**を、**写真で、紹介した**。
**——**白い手袋**の係が、**乗客を、**押し込んでいる**。
**——**それが、**東京の朝**の、**姿**として、**外に、伝わった**。〉)
**線路を、増やす**。
(——**押し屋は、**時間稼ぎ**である**。
〈**——**本当に要るのは、**電車の本数**と、**線路**である**。〉
**——**国鉄は、**1960年代の半ばから、**「通勤五方面作戦」**に、取りかかった**。
〈**(1)**東海道**、**中央**、**東北・高崎**、**常磐**、**総武**の、**五つの方向**。
**(2)**そして、**線路を、**複々線**にする**。
**〈——急ぐ電車と、**各駅に止まる電車**を、**別の線**に、分ける。〉**
**(3)さらに、**地下鉄**との、**直通**。〉
**——**二十年近く、**かかった**。
〈**——**そして、**車両**も、**変わった**。
**——**扉を、**増やす**。
**——**座席を、**畳めるようにする**。〉)
**いま**。
(——**混雑は、**下がった**。
〈**(1)**線路と、**車両**が、**増えた**。
**(2)**そして、**人口の伸び**が、**止まった**。
**(3)さらに、**出勤の時刻**を、**ずらす**動き**。〉
**——**押し屋は、**いなくなってはいない**。
〈**——**いまも、**朝のいちばん混む駅**には、**扉の前に、**係が、立つ**。
**——**ただし、**数は、**ずっと、少ない**。〉)
**残ること**。
(——**押し屋は、**列を、**速く、はかす**ための、**人の手**である**。
〈**——**[[erlang-queueing]]**の考え方で言えば、**
**——**客の来る速さ**が、**運ぶ速さ**に、**近づく**ほど、**列は、**急に、長くなる**。
**——**押し屋は、**運ぶ速さ**を、**車内の隙間**の分だけ、**上げた**。〉
**——**だが、**隙間**は、**有限**である**。
〈**——**人の手で埋められる**のは、**わずか**である**。
**——**そして、**その「わずか」**を、**埋めているあいだ**に、
**——**線路を、**増やした**。〉
**——**待たせる時間**を、**減らす**方法は、**二つある**。
〈**——**速く、運ぶ**。
**——**あるいは、**来る人を、減らす**。
**——**東京は、**半世紀かけて、**両方を、やった**。〉)