概要
1982年10月1日、日本でソニーなどが、音をデジタルの数字にして直径12センチの円盤に刻み、光で読み取るコンパクトディスクと、その再生の機械を売り出した。オランダのフィリップスとソニーが共同で規格を決めたもので、最初に並んだ一枚はビリー・ジョエルの『ニューヨーク52番街』とされる。録音できる長さの74分は、ベートーヴェンの第九が一枚に収まるように決めたという話が伝えられている。針も溝も擦り減らない。日本では1986年にレコードの売上を抜き、音楽がデジタルの信号として売られる時代が始まった。
場所
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
本文
LPレコード以来、音楽はレコードの溝に刻まれてきた。針が溝をなぞるので、聴くたびにレコードは少しずつ擦り減り、埃や傷が雑音になる。1970年代、音を数字の列に変えて記録するデジタルの録音の研究が進んでいた。オランダのフィリップスは、レーザーの光で円盤の上の小さな穴を読み取る技術を持っていた。
1979年、フィリップスとソニーは、音楽の円盤の規格を一緒に決めることにした。音を一秒に四万回あまり測り、その値を数字にして刻む。傷があっても、数字の誤りを計算で直せる仕組みも組み込んだ。円盤の大きさは直径12センチ、録音の長さは最大74分に決まった。ソニーの大賀典雄が、ベートーヴェンの第九が一枚に収まるように求めたという話が、よく語られている。ただし、規格の事情から決まったとする説明もある。
1982年10月1日、日本で、ソニーの再生機とともにCDが売り出された。最初に並んだ曲の中に、ビリー・ジョエルの『ニューヨーク52番街』があった。翌年にはヨーロッパとアメリカでも売り出される。再生機は初めは高かったが、値が下がり、1984年には持ち運べる機械も出た。
日本では1986年、CDの売上がレコードを抜いた。音楽は、擦り減らない数字として売られるようになった。しかし、その数字はパソコンで簡単に写し取ることができた。CDから曲を取り出して圧縮し、ネットで分け合う時代が、20年足らずでやってくる(ナップスター)。