概要
1999年、ボストンの大学の一年生だったショーン・ファニングは、インターネットにつながった互いのパソコンの中の音楽の圧縮ファイルを、名前で探して直接もらえるソフトを作った。ナップスターである。二年足らずで数千万人が使い、音楽はただで手に入るものになった。ヘヴィメタルのバンド、メタリカや、レコード会社が著作権の侵害で訴え、2001年、裁判所の命令で止められる。しかし、ファイルを分け合う技術は止まらず、レコード会社の売上は長い下り坂に入った。
場所
42.36°N -71.06°E · アメリカ・マサチューセッツ州
本文
1990年代の半ば、ドイツの研究所が作ったMP3という形式で、音楽のデータを十分の一ほどに縮めても、ほとんど聞き分けられないことが分かった。CDから取り出した一曲が、当時のインターネットでも運べる大きさになる。大学の寮の速い回線で、学生たちはMP3のファイルを集めはじめた。
ボストンのノースイースタン大学の一年生だったショーン・ファニングは、欲しい曲を見つけるのが難しいことに不満を持っていた。1999年、彼は、利用者のパソコンの中にある曲の一覧を中央の計算機に集め、名前で探し、見つかった相手のパソコンから直接もらえるソフトを作る。自分の髪型にちなむあだ名から、ナップスターと名づけた。
ソフトは口伝えに広がり、最も多いときで数千万人が使った。世界じゅうの人のCDの棚が、一つの大きな無料の図書館のようにつながったのである。大学によっては、回線が学生のファイルのやりとりで埋まった。2000年、ロックバンドのメタリカが、発表前の曲が流れているのを見つけて訴え、レコード会社の団体も訴えた。
裁判所は、ナップスターが著作権の侵害を手助けしているとして、中央の一覧を止めるよう命じ、サービスは2001年に止まった。しかし、中央の計算機を持たずに利用者どうしが直接つながる仕組みが、すぐに後を継いだ。音楽の売上は長い下り坂に入る。聴く人に合法で手軽な道を示したのは、2年後のiPodの発売の店と、のちのSpotifyの開始だった。