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Event / できごと

チャレンジャー号の探検

Challenger expedition
AD1872年12月21日 – AD1876年5月24日
期間を持つできごと重要度 3
ロシア帝国大英帝国デンマークオスマン帝国ポルトガル帝国スウェーデン=ノルウェースペイン帝国オーストリア帝国エジプトドイツ帝国スペインフランスモロッコAlgiersグレートブリテン及びアイルランド連合王国プロイセン両シチリア王国バイエルンTunisサルデーニャ王国TripolitaniaハノーファーCyrenaicaAD1872年12月21日ポーツマス(イギリス)
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1872年12月21日の版図を描いています(23勢力)。

概要

1872年12月、イギリス海軍の軍艦チャレンジャー号が、大砲の多くを降ろし、実験室と測深の装置を積んでポーツマスを出た。目的は、それまでほとんど知られていなかった深い海の底を調べることだった。3年半をかけて世界の海を回り、何百か所で錘のついた綱を海底まで下ろして深さを測り、海底の泥と生き物をすくい上げた。グアムの近くでは8000メートルを超える深さを測った。持ち帰った標本からは数千の新しい種が見つかり、報告は50巻に及んだ。深い海には生き物がいないという考えは覆され、海洋学という学問がここから始まった。

場所

ポーツマス(イギリス)
50.82°N -1.09°E · イギリス・ハンプシャー

本文

19世紀の半ばまで、深い海の底は、ほとんど何も分かっていない世界だった。暗く、冷たく、大きな水の重さがかかる深海には、生き物はいないと考える学者が多かった。だが、大西洋の海底に電信のケーブルを敷く工事が始まると(大西洋横断電信ケーブル)、海底の深さや地形を知ることが実際に必要になった。引き上げたケーブルに、深い海の生き物がついていたこともあった。

エディンバラ大学の博物学者チャールズ・ワイヴィル・トムソンは、イギリス王立協会と海軍を説き、世界の海を調べる大がかりな探検を実現させた。海軍は軍艦チャレンジャー号を提供し、大砲の多くを降ろして、化学と博物学の実験室、標本の保管庫、海底まで綱を下ろすための蒸気の巻き上げ機を据えつけた。

1872年12月21日、チャレンジャー号はポーツマスを出た。それから3年半、大西洋、南極の近くの海、太平洋を回り、およそ13万キロを航海した。数百か所で、重い錘のついた麻の綱を海底まで下ろし、深さを測った。一度の測深に何時間もかかった。海水の温度と成分を層ごとに調べ、網と浚渫の道具で海底の泥と生き物をすくい上げた。1875年3月、グアムの近くで、8000メートルを超える深さを測った。のちにこのあたりの最も深いところは、船の名をとってチャレンジャー海淵と名づけられる。

1876年5月に帰国したとき、船には膨大な標本と記録が積まれていた。分析には20年近くかかり、報告は50巻に及んだ。数千の新しい種が記録され、深い海の底にも多様な生き物がいることが確かめられた。海底には、マンガンなどの金属を含む丸い塊が転がっていることも分かった。大洋の真ん中に海底の山脈が走っていることも、測深から見えてきた。

チャレンジャー号の探検は、海の深さ、水の性質、海底の地形と堆積物、そこに住む生き物を、一つの学問として調べる海洋学の出発点になった。アメリカの宇宙船のスペースシャトルの一機にも、この船の名がつけられている。

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