蒸気消防ポンプ
概要
手押しポンプは、四十人が交代で漕いでも高い建物に水が届かず、人が疲れれば水が止まる。蒸気機関に汲ませればよい。1829年にロンドンで作られたものは、消防隊員自身の反対で使われなかった。仕事が奪われるためである。1853年、シンシナティが公費で運用を始めた。市は同時に、有志の消防組を廃して有給の職員に切り替えた。喧嘩と政治の温床でもあった有志組が、常勤の職業に変わる転機になった。
場所
39.10°N -84.51°E · アメリカ・オハイオ州
本文
19世紀の半ばまで、火事を消す道具の主役は手押しポンプだった。英語では単に「エンジン」と呼ばれた。二つの筒を持つ往復ポンプの両側に、長い梃子の腕が付いていて、そこに人がずらりと並んで上下に漕ぐ。大型のものでは片側に20人以上、両側で40人以上が取り付いた。全力で漕げるのは数分なので、次々に交代しなければならず、現場には100人を超える人手が要った。人が疲れれば、水は止まる。水の勢いも足りず、3階や4階の窓まではなかなか届かない。しかも水は、消火栓が普及するまで、井戸や川からバケツで手渡しして注ぎ込むしかなかった。
蒸気機関にポンプを動かさせればよい、という考えは早くからあった。1829年、ロンドンでジョージ・ブレイスウェイトとジョン・エリクソンが、世界で最初の実用的な蒸気消防ポンプを作った。エリクソンは、のちにアメリカの南北戦争で装甲艦モニター号を設計する技術者である。このポンプは十数分で蒸気を上げ、手押しポンプの何倍もの水を高く送ることができた。ところが、ほとんど使われないまま忘れられた。

理由の一つは、消防の人々自身の反対だった。手押しポンプには大量の人手が要る。ロンドンでは、火事場で通りがかりの男たちにその場で金を払って漕がせることがあり、それが貧しい人々の臨時の稼ぎになっていた。消防の組にとっても、人手の多さは組の存在理由そのものだった。機械が水を汲めば、その仕事が消える。保険会社も高価で重い機械に金を出し渋り、ボイラーが爆発するのではないかという不安もあった。
20年あまり後、蒸気消防ポンプはアメリカのオハイオ州シンシナティで本格的に動き始める。当時、人口10万人を超える新興の都市だった。アメリカの多くの都市と同じく、シンシナティの消防は有志の組が担っていたが、それが手に負えなくなっていた。組は仲間意識の強い集団で、地元の政治とも結びついていた。火事場では、先に消火栓に着いた組と後から来た組が、燃えている建物の前で殴り合うことさえあった。手柄を立てる機会を作るために放火したのではないかという疑いも、繰り返しささやかれた。

市の後押しを受けて、機械工のアレクサンダー・ボナー・ラッタらが蒸気消防ポンプを作り上げ、1853年1月1日に公開の試験が行われた。市議会議員の名を取って「アンクル・ジョー・ロス」と名づけられたこの機械は、重さが10トン近くもあり、馬4頭でようやく動いた。重すぎて道を傷めたともいう。しかし性能は、手押しポンプとは比べものにならなかった。いくつもの放水口から、一度に大量の水を噴き上げたのである。
1853年、シンシナティは、公費で人を雇い、蒸気ポンプを備えた常勤の消防局を発足させた。同時に、有志の組を廃止した。これが本当の変化だった。数百人の有志に代わって、数十人の有給の職員が、昼も夜も詰所に待機する。有志の組は激しく反発し、器具を引き渡すのを拒み、新しい蒸気ポンプの出動を妨げようとしたとも伝えられる。それでも性能の差は明らかだった。数年のうちにアメリカの多くの都市がこれに続き、ニューヨークでも1865年に有給の消防局が生まれた。
蒸気ポンプは重かったので、馬に引かせた。消防の馬はよく訓練され、出動の鐘が鳴ると自分で馬房から出て車の前に立ったという話が残っている。詰所の2階から1階へ一気に滑り降りる滑り棒も、この時代の工夫である。20世紀に入ると、内燃機関で走る消防車が現れ、1920年代までに馬も蒸気ポンプも姿を消した。
ポンプがいくら強力になっても、水が無ければ意味が無い。19世紀の後半、都市の上水道が次々に整えられたが、その大きな目的の一つは火事を消すことだった。道の下に太い水道管が通り、街角に消火栓が立つ。人々の健康を守る水道と、火事から町を守る消防は、同じ工事の中にあった。1666年のロンドン大火のような、町を丸ごと焼き尽くす大火は、こうしてしだいに起こりにくくなっていった。

蒸気ポンプそのものは消えたが、この時期に起きた本当の変化は機械ではなかった。有志の組から、常勤の職員へ。消防は、都市が税金で維持する常設の仕事になった。ただし、アメリカではいまも消防士の半分以上が有志の人々である。人口の少ない土地では、ふだんは別の仕事を持つ人々が、サイレンが鳴れば駆けつける。江戸の町火消の伝統(江戸の町火消)を引く日本の消防団も、同じ形で地域を守っている。