概要
1960年1月23日、スイスの科学者ジャック・ピカールとアメリカ海軍のドン・ウォルシュ大尉は、潜水艇トリエステ号に乗って、グアムの南西、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵の底へ下りた。トリエステ号は、ジャックの父オーギュスト・ピカールが考えた、ガソリンを詰めた浮きの下に二人が入る鋼の球を吊るした乗り物である。5時間ほどかけて下り、深さは一万メートルを超えた。途中で窓にひびが入る音がしたが、二人は底に着き、20分ほどとどまった。人がこの深さに再び下りたのは、52年後のことだった。
場所
11.37°N 142.59°E · 西太平洋・マリアナ海溝の南端(グアムの南西)
本文
チャレンジャー号の探検がグアムの近くで8000メートルを超える深さを測ってから、人々は、海のいちばん深いところに何があるのかを知りたがった。だが、深さ一万メートルの海の底では、1平方センチあたりおよそ1トンの水の重さがかかる。そこへ人が下りるのは、宇宙へ行くより難しいとも言われた。
スイスの物理学者オーギュスト・ピカールは、1930年代に気球で成層圏まで昇った人だった。彼は、気球の考えを海に応用した。水より軽いガソリンを大きな浮きに詰めて浮力を得て、その下に、人が入る分厚い鋼の球を吊るす。下りるときは重りの鉄の粒を抱え、浮かび上がるときはそれを捨てる。この「バチスカーフ」と呼ばれる乗り物の一つがトリエステ号で、名はイタリアの町トリエステで造られたことから来ている。1958年、アメリカ海軍がトリエステ号を買い取り、オーギュストの息子ジャックが技術の顧問として加わった。
1960年1月23日の朝、ジャック・ピカールと海軍のドン・ウォルシュ大尉は、グアムの南西の海で、直径2メートルほどの球に乗り込み、チャレンジャー海淵へ下り始めた。球の中は狭く、寒かった。9000メートルあまりまで下りたとき、大きな音がして船体が揺れた。外を見るための窓の一つに、ひびが入ったのだった。二人は相談して、下り続けることにした。
およそ5時間かけて、トリエステ号は海の底に着いた。深さは当時の測り方で1万900メートルあまりだった。二人は20分ほど底にとどまり、ピカールは、底の近くで平たい魚のような生き物を見たと報告した。この報告はのちに疑われているが、いずれにしても、この深さにも生き物がいることは、その後の調査で確かめられた。浮上には3時間あまりかかった。
人がチャレンジャー海淵の底に再び下りたのは、52年後の2012年、映画監督ジェームズ・キャメロンがひとり乗りの潜水艇で潜ったときだった。2019年からは、民間の潜水艇が何度も底まで下りるようになった。月の表面に立った人の数より、海のいちばん深いところに下りた人のほうが、長いあいだ少なかった。