概要
無鉄砲な江戸っ子の青年が、四国の中学校に数学の教師として赴任し、教頭の赤シャツやその取り巻きのずるさに腹を立てて、同僚の山嵐と組んで一矢を報いる。漱石が若いころ松山の中学校で教えた経験をもとに、雑誌『ホトトギス』に一挙に載せた。東京に戻った坊っちゃんを待っていた、ばあやの清への思いで結ばれる。
場所
東京
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
関わった人(1)
夏目漱石AD1867年2月9日–AD1916年12月9日 · 作者本文
『坊っちゃん』は、1906年4月、俳句雑誌『ホトトギス』に一挙に掲載された。夏目漱石は前の年に『吾輩は猫である』で評判を得たばかりで、東京帝国大学の講師を続けながら、短い期間で書き上げたと言われる。漱石自身、1895年から1年ほど、愛媛県の松山中学校で英語を教えたことがあり、その経験が下敷きになっている。
主人公は、親譲りの無鉄砲で子どものころから損ばかりしている東京生まれの青年である。家族からはかわいがられず、ただ一人、下女の清だけが彼をかわいがり、「坊っちゃん」と呼んでいた。物理学校を出た坊っちゃんは、四国の中学校に数学の教師として赴任する。
学校には、教頭の赤シャツ、その腰巾着の野だいこ、気の弱い英語教師のうらなり、正義感の強い数学の主任の山嵐がいた。生徒のいたずらに手を焼くうちに、坊っちゃんは、赤シャツがうらなりの婚約者のマドンナを奪うために、うらなりを遠くへ転勤させたことを知る。坊っちゃんは山嵐と組んで赤シャツと野だいこを待ち伏せし、殴りつけて、その日のうちに辞表を出して東京へ帰る。
東京に戻った坊っちゃんは、清と暮らしはじめる。清はやがて肺炎で亡くなり、坊っちゃんの寺に埋めてほしいと言い残す。痛快な筋の奥に、近代化の中で居場所を失っていく者への共感を読み取る読み方もある。いまも日本で最も広く読まれている小説の一つである。