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Event / できごと

夏目漱石『こころ』

Kokoro
AD1914年4月20日 – AD1914年8月11日
期間を持つできごと重要度 4
大英帝国ロシア帝国清イギリス領インド帝国モンゴルチベット日本フランス領インドシナラタナコーシン朝(シャム)フィリピンAD1914年4月20日東京
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1914年4月20日の版図を描いています(10勢力)。

概要

鎌倉の海で出会った「先生」を慕う学生の「私」が、先生の長い遺書を受け取る。若いころ、先生は親友のKを出し抜いて下宿の娘との結婚を決め、Kは自殺していた。明治天皇の死と乃木希典の殉死を聞いた先生は、自分も死ぬことを決める。朝日新聞に連載され、のちに日本で最も多く読まれた小説の一つになった。

場所

東京
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都

関わった人(1)

夏目漱石AD1867年2月9日–AD1916年12月9日 · 作者

本文

『こころ』は、1914年4月20日から8月11日まで、東京と大阪の朝日新聞に「心 先生の遺書」の題で連載された。同じ年の9月、創業したばかりの岩波書店から本になった。装丁は漱石自身が手がけている。

作品は三つの部分からなる。上の「先生と私」では、学生の「私」が鎌倉の海岸で出会った年上の男を「先生」と呼んで慕い、東京の家に通うようになる。先生は美しい妻と静かに暮らしているが、世の中に出て働くこともなく、毎月、誰かの墓に参っている。中の「両親と私」では、私が病気の父を見舞いに郷里へ帰っているあいだに、明治天皇が亡くなり、乃木希典が殉死する。そこへ、先生から分厚い手紙が届く。

下の「先生と遺書」は、その手紙そのものである。若いころ、先生は叔父に財産をだまし取られ、人を信じられなくなっていた。東京で下宿した家の娘に惹かれていたが、そこに、同郷の親友Kを呼び寄せる。Kもまた娘に恋をしたと打ち明けられた先生は、Kを出し抜いて、娘の母に結婚を申し込む。Kは何も言わずに自殺した。先生は娘と結婚したが、その罪を誰にも明かせないまま生きてきたのだった。明治の精神に殉じると書き、先生は死を選ぶ。

人の心の利己とその罪を、静かな文体で突き詰めた作品として、戦後は高校の国語の教科書に長く載り、日本で最も多く読まれた小説の一つになっている。

動画(1)

【こころ】最も読まれた日本の近代文学!夏目漱石が遺した道徳の哲学【Update版】(Kokoro)中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY漱石の『こころ』を一回で読む

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