概要
大恐慌のさなか、政府は経済がどれだけ縮んだかを知らなかった。統計がなかったからである。上院の求めで、サイモン・クズネッツが国民所得の推計を作った。1934年、報告書を提出した。彼はその中で警告している。国民所得から、一国の福祉を推し量ることはできない。何を数えるかは選択であり、彼は軍事支出と広告と投機を除くことを主張した。採用されなかった。そして家事と育児と介護は、市場で取引されないという理由で、はじめから外にある。
場所
38.91°N -77.04°E · アメリカ合衆国
関わった人(1)
サイモン・クズネッツAD1901年4月30日–AD1985年7月8日 · 作った本文
**問題**。
1930年代初頭、アメリカ。
**大恐慌**が、進行していた。
そして——**政府は、それがどれほどの規模か、知らなかった**。
(当時、政府が持っていた経済の指標は、断片的だった。
- 株価 - 貨物列車の積載量 - 銑鉄の生産量 - 一部の産業の雇用統計
**経済全体が、どれだけ縮んだのか**を示す数字が、**存在しなかった**。
——フーヴァー大統領は、状況を把握するために、**個人的に、実業家に電話をかけて回った**と伝えられる。)
**依頼**。
**1932年**、上院決議。
商務省に、**国民所得の推計**を作るよう命じた。
担当したのが、**全米経済研究所**(NBER)の**サイモン・クズネッツ**。
(彼は、当時31歳。ロシア帝国出身の移民である。)
**1934年1月**、報告書『**国民所得 1929-1932**』を、上院に提出した。
(261ページ。政府刊行物として、**異例の売れ行き**を見せた。20セントで、数千部が売れた。)
**内容**。
**1929年から1932年で、アメリカの国民所得は、ほぼ半減していた**。
(推計で、870億ドル → 390億ドル。)
**初めて、経済の縮小の規模が、数字になった**。
**方法**。
彼が組み立てたのは、**三つの側面から、同じものを測る**という枠組みである。
**(1)生産**——何が作られたか。 **(2)所得**——誰が、いくら受け取ったか。 **(3)支出**——何に使われたか。
**理論的には、この三つは一致する**。
(誰かの支出は、誰かの所得であり、それは何かの生産の対価である。)
だから、**三つを別々に推計して、突き合わせる**ことで、精度を確かめられる。
(この枠組みが、現在の**国民経済計算**(SNA)の骨格になった。)
**戦争**。
**第二次大戦が、この統計を、決定的に重要にした**。
**問い**——「**我々は、どれだけ生産できるのか**」。
(1940年、ローズヴェルトが「**年に5万機の航空機**」を宣言した。
——**本当に可能なのか**。
そして、より難しい問い。**軍需を増やせば、民需をどれだけ削らねばならないのか**。
削りすぎれば、国民の生活が壊れ、生産そのものが止まる。)
クズネッツと、**ロバート・ネイサン**らが、この計算を担った。
(**戦時生産局**。
彼らの推計が、「**もっと作れる**」ことを示した。
——軍の計画担当者は、当初、より低い数字を主張していた。統計が、それを覆した。
〈チャーチルが、後に、アメリカの生産力について「**戦争の帰趨を決めたのは、統計学者だった**」という趣旨のことを述べた、という話が伝わっている。細部は確認できない。〉)
**GDP**。
戦後、この枠組みが、国際的に標準化された。
- 1947年、国連の統計委員会。 - **1953年**、**国民経済計算体系(SNA)**。 - 以後、改定を重ね、現在は**2008SNA**。
そして、**GNP**(国民総生産)から、**GDP**(国内総生産)へ、主要な指標が移った。
(1990年代。国境を越えた生産が増え、「誰の所得か」より「どこで生産されたか」のほうが、政策上、扱いやすくなったため。)
**クズネッツの、警告**。
彼は、**最初の報告書の中で**、書いている。
**1934年、上院への報告書**。
「**一国の福祉は、上記のような国民所得の測定から、推し量ることは、ほとんどできない**」。
("the welfare of a nation can scarcely be inferred from a measurement of national income as defined above.")
そして、**1962年**、雑誌『ニュー・リパブリック』に。
「**成長の量と質、費用と収益、そして短期と長期を、区別しなければならない**。
……**より多くの成長を目標とするなら、何の、そして何のための成長かを、明示しなければならない**」。
**彼が、除きたかったもの**。
彼は、国民所得の計算から、次のものを**除外することを主張した**。
- **軍事支出**(福祉を増やさない) - **広告** - **投機的な金融取引** - **通勤の費用**(生産のための費用であって、生活の向上ではない) - そして、**政府の支出の一部**
**採用されなかった**。
(戦時中、**軍事支出を除いては、統計が役に立たない**。
そして、その後も、この点は変わらなかった。)
**何が、数えられていないか**。
**(1)市場を通らない生産**。
- **家事** - **育児** - **介護** - 家庭菜園、日曜大工、そして自分の家の掃除
**これらは、GDPに、まったく入らない**。
(**極めて有名な例**——
**「男が、家政婦と結婚すると、GDPが減る」**。
彼女が賃金を得て行っていた同じ労働が、**無償になる**からである。
——この例は、1930年代の統計学の教科書に、既に出ている。
〈イギリスの経済学者ピグーが、1920年の『厚生経済学』で、この問題を指摘している。〉)
**(2)そして、逆に、数えられるもの**。
- **交通事故**——修理費、医療費、弁護士費用。**すべて、GDPを増やす**。 - **公害**——それを起こす生産も、それを処理する費用も、**両方が、GDPを増やす**。 - **災害の復旧**。 - **離婚**(弁護士と、新しい住居)。 - **刑務所の運営**。
(**ロバート・ケネディ**が、1968年3月18日、カンザス大学での演説で、これを述べた。
「**国民総生産は、大気の汚染と、たばこの広告と、そして高速道路の惨事を片付ける救急車を、数え上げる**。
……**それは、ナパーム弾と、核弾頭と、都市の暴動を鎮圧する警察の装甲車を、数える**。
……**しかし、それは、我々の子どもたちの健康も、教育の質も、遊びの楽しさも、数えない**。
……**要するに、それは、人生を価値あるものにするものを除いた、すべてを測る**」。
——彼は、その3か月後に暗殺された。)
**(3)分配**。
GDPは、**合計と、平均**である。
**誰が受け取ったかは、示さない**。
(同じGDPでも、分配が極端に偏っていれば、大多数の生活は、良くならない。)
**(4)自然資本**。
森を切って売れば、GDPは増える。
**森が減ったことは、計上されない**。
**代替の指標**。
- **人間開発指数(HDI)**(1990年〜。UNDP。アマルティア・センとマブーブル・ハクが関わった)。所得、教育、平均寿命。 - **国民純福祉(NNW)**、**真の進歩指標(GPI)**。 - **国民総幸福量(GNH)**(ブータン)。 - **2009年、スティグリッツ=セン=フィトゥシ委員会**(フランスのサルコジ大統領が設置)。
(結論——GDPは、**生産の指標としては有効だが、福祉の指標として使ってはならない**。そして、複数の指標を併用すべきである。)
- **無償労働のサテライト勘定**(後述)。
**それでも**。
**GDPは、使われ続けている**。
理由——
- **一つの数字である**。比較でき、時系列で追え、そして報道できる。 - **国際的に、標準化されている**。 - そして、**代替の指標に、合意がない**。
(何を測るかを決めることは、**何を大事だと考えるかを決めること**である。それに合意するのは、極めて難しい。)
**クズネッツ**。
1971年、**ノーベル経済学賞**。
授賞理由——「**経済成長についての、実証的に基礎づけられた解釈**」。
**彼の別の仕事**。
**クズネッツ曲線**。
(経済が発展すると、所得の格差は、**まず拡大し、その後、縮小する**——逆U字型を描く、という仮説。
1955年の学会講演で提示した。
**彼自身が、これを極めて暫定的なものとして述べていた**。
「**この論文は、5%の実証と、95%の推測からなる。そして、その推測の一部は、希望的観測に汚染されているかもしれない**」。
——**それでも、この仮説は、その後数十年、政策の議論で「成長すれば格差は自然に縮む」という主張の根拠として使われた**。
2013年、**トマ・ピケティ**が『21世紀の資本』で、20世紀半ばの格差の縮小は、成長の自然な結果ではなく、**二つの大戦と、恐慌と、そして政策**によるものだと論じた。)
**そして**。
いま、我々が「経済」と呼ぶものの姿は、90年前に、一人の統計学者が組み立てた枠組みで、測られている。
そして、彼が最初の報告書に書いた警告は、**いまも、繰り返し引用されている**。