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Event / できごと

イングランドとスコットランドの合同

Acts of Union 1707
AD1707年5月1日
重要度 4
ロシア帝国スペイン帝国ポルトガル帝国オスマン帝国サファヴィー朝ネーデルラント連邦共和国大英帝国スウェーデン帝国モロッコポーランド・リトアニア共和国ポーランド・リトアニア共和国デンマーク=ノルウェー神聖ローマ帝国フランス王国スペインオーストリア帝国England and IrelandFinnmarkScottalndヴェネツィア共和国NaplesルクセンブルクプロイセンAD1707年5月1日ロンドン
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1707年5月1日の版図を描いています(23勢力)。

概要

一世紀前から、イングランドとスコットランドは同じ王を戴いていたが、議会も法も別々だった。スコットランドは、中米に植民地を作ろうとする事業に国の富の多くをつぎ込んで失敗し、財政は傾いていた。1707年5月1日、二つの国は一つの議会を持つグレートブリテン王国になる。スコットランドの議員たちが金で買収されたとも言われ、エディンバラでは反対の暴動が起きた。三百年後、スコットランドは再び独立を問う住民投票を行い、過半数が残ることを選んだ。

場所

ロンドン
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド

本文

同じ王、別の国。

一世紀前から、イングランドとスコットランドは同じ王を戴いていた。

(1)だが、議会も法も別々だった。

(2)そして、スコットランドは、中米に植民地を作ろうとする事業に、国の富の多くをつぎ込んで失敗した。

(3)さらに、財政は傾いていた。

1707年5月1日。

二つの国は、一つの議会を持つグレートブリテン王国になった。

(1)スコットランドの議員たちが、金で買収されたとも言われる。

(2)そして、エディンバラでは、反対の暴動が起きた。

残ること。

三百年後、スコットランドは再び、独立を問う住民投票を行った。

過半数が残ることを選んだ。だが問いは、ブレグジットのあとにまた持ち出されている。

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