概要
ルイ14世の財務総監コルベールのもとで、マルセイユの石鹸に規格が定められた。原料はオリーブ油に限り、動物性の脂を混ぜてはならない。違反すれば罰し、製品を没収する。産地の名を、品質の保証として守る仕組みである。油と灰汁を煮るという製法自体は古く、地中海の各地にあった。そこに国家が線を引き、名前に値打ちを与えた。原産地の呼称を法で囲うやり方は、後にワインとチーズへ広がる。匂いを扱う技術が、産業と、制度になった。
場所
43.30°N 5.37°E · フランス
本文
**石鹸とは、何か**。
(——**油と、**アルカリ**を、煮る**。
〈**——**油脂が、**分解される**。
**——**そして、**脂肪酸の塩**ができる**。
**——**その分子は、**片方の端が、油と結び、**もう片方の端が、水と結ぶ**。
**〈——だから、**油汚れを、水に、連れて行ける**。〉〉**
**——**この反応は、**偶然にも、起きる**。
〈**——**獣の脂が、**焚き火の灰**に、落ちる。
**——**そこに、**雨が降る**。
**——**そして、**泡立つ**。
**〈——ローマの、**サポーの丘**の伝説は、これを語ったものだと言われる。**
**——ただし、**この話の出典は、はっきりしない**。〉〉**
**——**古い記録**。
〈**(1)**メソポタミア**。
**〈——粘土板に、**油と灰を、水で煮る**手順がある。**
**——ただし、**洗うためか、**薬か、**羊毛の処理か**、断定は難しい。〉**
**(2)**そして、**エジプト**。
**〈——エーベルス・パピルス(BC16世紀ごろ)に、**油とアルカリ塩を合わせる**記述。〉**
**(3)さらに、**プリニウス**。
**〈——『博物誌』に、**サポー**(sapo)が出る。**
**——ガリアとゲルマニアの発明だとし、**髪を赤くするために使う**と書いている。**
**——洗剤としてではない。〉〉**
**——**つまり**。
〈**——**作り方は、**あちこちで、独立に、知られていた**。
**——**問題は、**何に使い、どう売るか**である**。〉)
**地中海の石鹸**。
(——**動物の脂ではなく、**オリーブ油**を使う**。
〈**(1)**匂いが、**穏やかである**。
**(2)**そして、**肌に、優しい**。
**(3)さらに、**原料が、**その土地にある**。〉
**——**アルカリは**。
〈**——**海辺の草**(サルソラ、オカヒジキの類)を、**焼いた灰**。
**——**「ソーダ灰」**と呼ばれる**。
**——**スペインの**バリリャ**が、良質とされ、**輸出された**。〉
**——**産地**。
〈**(1)**アレッポ**(シリア)。
**〈——オリーブ油に、**月桂樹の油**を加える。**
**——切り分けて、**数か月から数年、寝かせる**。**
**——外側が、金色に変わる。〉**
**(2)**そして、**カスティーリャ**(スペイン)。
**(3)さらに、**サヴォーナ**(イタリア)。
**〈——savonという語の由来だとする説がある。〉**
**(4)そして、**マルセイユ**。〉)
**なぜ、マルセイユか**。
(**(1)**港である**。
〈**——**オリーブ油が、**プロヴァンス、イタリア、北アフリカから、集まる**。
**——**そして、**ソーダ灰が、**スペインから、来る**。〉
**(2)**そして、**燃料**。
〈**——**大釜を、**何日も、煮続ける**。
**——**薪が、**要る**。〉
**(3)さらに、**十七世紀に、**急に伸びた**。
〈**——**1660年ごろ、**七つの工場**。
**——**十八世紀には、**数十**になる**。〉)
**1688年**。
(——**ルイ14世**の時代**。
〈**——**財務総監**ジャン=バティスト・コルベール**は、**1683年に、死んでいる**。
**——**だが、**彼が敷いた方針**は、**続いていた**。
**〈——「王国の産業を、**規格で、統制する**」。**
**——織物にも、レースにも、**細かい規則**が作られた。〉〉**
**——**そして、**石鹸の勅令**。
〈**(1)**マルセイユの名で売る石鹸は、**オリーブ油だけ**で作らなければならない**。
**(2)**そして、**動物性の脂を、**混ぜてはならない**。
**〈——夏の間の製造を、禁じた条項もある。**
**——暑いと、**質が、落ちる**から。〉**
**(3)さらに、**違反すれば、**罰金と、没収**。
**(4)そして、**製品に、**刻印を、押す**。
**〈——工場の名と、**「72% 油分」**。**
**——この刻印は、いまも、押されている。〉〉**
**——**つまり**。
〈**——**産地の名前に、**法が、値打ちを与えた**。
**——**「マルセイユ石鹸」は、**場所の名であると同時に、**規格の名**になった**。〉)
**その後**。
(**(1)**ルブラン法**。
〈**——**1791年、**フランス**。
**——**塩から、**ソーダ灰を、化学的に作る**方法**。
**——**海草を、**焼かなくてよくなった**。
**〈——原料の制約が、**外れる**。〉〉**
**(2)**そして、**シェヴルール**。
〈**——**1820年代**。
**——**石鹸の反応を、**化学として、説明した**。
**——**それまでは、**経験の積み重ねだった**。〉
**(3)さらに、**十九世紀の、**大量生産**。
〈**——**イギリスの**ペアーズ**、**サンライト**。
**——**アメリカの**アイボリー**。
**——**そして、**広告**。
**〈——「清潔であること」が、**道徳と、結び付けられた**。**
**——[[deodorant-advertising]]は、**この延長にある**。〉〉**
**(4)そして、**合成洗剤**。
〈**——**二十世紀。
**——**石油から作られ、**硬水でも、泡立つ**。
**——**石鹸の市場を、**大きく、削った**。〉)
**残ること**。
(——**原産地の呼称を、**法で、囲う**。
〈**——**この勅令は、**その、早い例である**。
**——**そして、**同じやり方が、**ワインと、チーズへ、広がった**。
**〈——シャンパーニュ。**
**——ロックフォール。**
**——原産地統制呼称(AOC)は、二十世紀の制度だが、**発想は、ここにある**。〉〉**
**——**ただし**。
〈**——**「マルセイユ石鹸」**という名前そのものは、**いまも、保護されていない**。
**——**どこで作っても、**そう名乗れる**。
**——**地元の製造者たちが、**認証を求めて、争い続けている**。
**〈——三百年前の勅令が守ったものを、**いまは、守れていない**。〉〉**
**——**そして**。
〈**——**匂いを扱う技術が、**産業になり、**制度になった**。
**——**[[eau-de-cologne]]では、**名前そのものが、商品になる**。
**——**その次の段では、**名前が、普通名詞に、なってしまう**。〉)