概要
1972年1月26日、イギリスの入植から184年の記念日の夜、四人の先住民の若者が、キャンベラの国会議事堂の前の芝生にビーチパラソルを立て、「アボリジナル大使館」という看板を掲げた。首相が先住民の土地の権利を認めないと述べた直後だった。自分たちの土地にいながら外国人のように扱われている、という抗議である。テントは撤去と再建を繰り返しながら、いまも同じ場所に立っている。
場所
キャンベラ
-35.28°N 149.13°E · オーストラリア
-35.28°N 149.13°E · オーストラリア
本文
1月26日は、1788年にオーストラリアへの入植がシドニーの入り江に着き、イギリスの旗を立てた日である。オーストラリアでは建国の記念日として祝われるが、先住民にとっては、土地を奪われはじめた日だった。
1972年1月25日、首相のウィリアム・マクマホンは、先住民に土地の所有の権利を認めることはしない、と述べた。代わりに、条件付きで土地を借りる仕組みを作るという。翌26日の夜、シドニーから車で来た四人の若者が、キャンベラの国会議事堂の前の芝生に、ビーチパラソルを一本立てた。そして「アボリジナル大使館」という看板を掲げた。
名前は皮肉である。自分たちの土地にいながら、国は自分たちを外国人のように扱っている。だから大使館が要る。芝生にテントを張ることを禁じる決まりが、たまたまその時は無かった。テントは増え、国じゅうから人が集まって、土地の権利を求める五つの要求を掲げた。先住民の旗も、ここで広く知られるようになった。
半年後、政府は新しい決まりを作ってテントを撤去させ、座り込んだ人々と警官がもみ合った。テントはその後、撤去されては建て直されることを何度も繰り返し、1992年からは途切れずに同じ場所に立っている。いまの議事堂は別の場所に建てられたが、テントは旧議事堂の前に残り、1995年には国の遺産に登録された。