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Event / できごと

『8時だョ!全員集合』

Hachiji da yo! Zenin Shūgō
AD1969年10月4日 – AD1985年9月28日
期間を持つできごと重要度 3
ソビエト連邦中国モンゴルチベットビルマ大英帝国タイ日本ベトナムラオスフィリピンカンボジア朝鮮民主主義人民共和国大韓民国AD1969年10月4日東京
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1969年10月4日の版図を描いています(14勢力)。

概要

1969年10月4日、TBSで、ザ・ドリフターズの『8時だョ!全員集合』が始まった。土曜の夜8時、各地の公会堂に客を入れて、コントと歌を生で放送する。大がかりな舞台の仕掛けが崩れ、水がかかり、失敗も停電もそのまま流れた。最高の視聴率は50パーセントを超える。一方で、食べ物を粗末にする、言葉が汚いと、親や教師の団体から「子どもに見せたくない番組」の筆頭に挙げられ続けた。1985年まで16年、800回を超えて続き、土曜の夜の子どもたちの時間を形作った。

場所

東京
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都

本文

ザ・ドリフターズは、もとはジャズやロックを演奏するバンドだった。1966年にはビートルズの日本公演の前座も務めている。いかりや長介を中心に、演奏の合間のコントで笑いを取るようになり、TBSのプロデューサーの居作昌果に見込まれて、土曜の夜の番組を任された。

1969年10月4日に始まった『8時だョ!全員集合』は、毎週、全国各地の公会堂や市民会館から、客を入れて生で放送された。前半は大がかりな舞台装置を使ったコント、後半はゲストの歌手の歌と、少年少女合唱隊のコーナー。家が崩れ、水が降り、舞台が回る。生の放送なので、失敗もそのまま流れた。会場が停電し、真っ暗な中で番組が続いた回もある。

土曜の夜8時は、子どもたちがテレビの前に集まる時間になった。最高の視聴率は50パーセントを超えている。加藤茶の「ちょっとだけよ」、志村けんの「東村山音頭」、「カラスの勝手でしょ」。番組の言葉は、翌週の月曜に学校で真似された。

一方で、食べ物をぶつけ、頭を叩き、下品な言葉で笑いを取ると、PTAなどから「子どもに見せたくない番組」として繰り返し名指しされた。番組は1985年9月まで16年、803回続いた。裏の時間帯の『オレたちひょうきん族』に人気を奪われたことが、終わりのきっかけの一つになった。

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