概要
1969年10月4日、TBSで、ザ・ドリフターズの『8時だョ!全員集合』が始まった。土曜の夜8時、各地の公会堂に客を入れて、コントと歌を生で放送する。大がかりな舞台の仕掛けが崩れ、水がかかり、失敗も停電もそのまま流れた。最高の視聴率は50パーセントを超える。一方で、食べ物を粗末にする、言葉が汚いと、親や教師の団体から「子どもに見せたくない番組」の筆頭に挙げられ続けた。1985年まで16年、800回を超えて続き、土曜の夜の子どもたちの時間を形作った。
場所
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
本文
ザ・ドリフターズは、もとはジャズやロックを演奏するバンドだった。1966年にはビートルズの日本公演の前座も務めている。いかりや長介を中心に、演奏の合間のコントで笑いを取るようになり、TBSのプロデューサーの居作昌果に見込まれて、土曜の夜の番組を任された。
1969年10月4日に始まった『8時だョ!全員集合』は、毎週、全国各地の公会堂や市民会館から、客を入れて生で放送された。前半は大がかりな舞台装置を使ったコント、後半はゲストの歌手の歌と、少年少女合唱隊のコーナー。家が崩れ、水が降り、舞台が回る。生の放送なので、失敗もそのまま流れた。会場が停電し、真っ暗な中で番組が続いた回もある。
土曜の夜8時は、子どもたちがテレビの前に集まる時間になった。最高の視聴率は50パーセントを超えている。加藤茶の「ちょっとだけよ」、志村けんの「東村山音頭」、「カラスの勝手でしょ」。番組の言葉は、翌週の月曜に学校で真似された。
一方で、食べ物をぶつけ、頭を叩き、下品な言葉で笑いを取ると、PTAなどから「子どもに見せたくない番組」として繰り返し名指しされた。番組は1985年9月まで16年、803回続いた。裏の時間帯の『オレたちひょうきん族』に人気を奪われたことが、終わりのきっかけの一つになった。