概要
1966年6月29日の未明、ビートルズが羽田に着いた。公演の会場は、東京オリンピックの柔道のために建てられたばかりの日本武道館である。武道の殿堂で「エレキの音」を鳴らすのはけしからん、という声が上がり、右翼の団体も抗議した。警察は来日から帰国まで、延べで数万人の警官を動員する。6月30日から7月2日まで、一回30分ほどの公演が5回行われた。客席は警官に囲まれ、立ち上がることも許されなかった。この公演のあと、日本でもエレキギターを持った若者のバンドが次々に生まれ、グループ・サウンズの流行が始まった。
場所
35.69°N 139.75°E · 東京都千代田区
本文
1964年、ビートルズはアメリカのテレビに出て、世界の若者の熱狂の的になった(ビートルズがアメリカへ)。1966年、世界の巡業の途中で日本に寄ることが決まる。主催した新聞社は、会場に日本武道館を選んだ。2年前の東京オリンピックの柔道のために建てられた、日本で最も大きな屋内の会場である。
これに反対の声が上がった。武道館の会長だった正力松太郎は、武道の殿堂で、若者が騒ぐ外国の音楽を鳴らすことを嫌った。右翼の団体は、ビートルズを追い返せと宣伝の車で街を回った。一方で、若者のあいだでは、エレキギターは不良の楽器だという見方も強かった。学校によっては、公演に行った生徒を処分すると告げたところもある。
6月29日の未明、4人を乗せた飛行機は台風の影響で遅れて羽田に着き、法被を着てタラップを降りた。警察は、来日から帰国までの間に、延べで数万人を動員する。ホテルの部屋から出られない4人のために、商人たちが品物を持って訪ねてきた。6月30日から7月2日まで、5回の公演が開かれ、一回はおよそ30分だった。客席の通路には警官が並び、立ち上がって騒ぐ客は制止された。
公演は日本テレビで放送され、高い視聴率を得た。この年から、日本でもエレキギターを持った若者のバンドが次々に現れ、ザ・スパイダースやザ・タイガースの「グループ・サウンズ」の流行が始まる。武道館は、その後、国の内外の歌い手が目指す会場になった。